将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

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20170727162017072714    大阪というと、いつもこの街を思い出しています。ここのあるタワーにも上りました。
大阪というと、ここの最後の画像のビリケンさんは忘れられません。私の住む東京北区王子にもこの像があります。こんなに大きくはないですが。そうだなあ、あの像は東京だから大きくはしていないのかなあ。刺激するものね。
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この「つぼらや」はいつも忘れられません。
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     ここの作家というと、私はどうしても織田作之助を思い出します。「夫婦善哉」を思い浮かべるのです。その中の一つひとつの言葉会話は忘れられないです。柳吉と蝶子の会話です。

「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか太夫ちゅう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方がぎょうさんはいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」「一人より女  夫のほうが良えいうことでっしゃろ」 2017072712
こうした会話をどうしても思い出すのです。懐かしいなあ。思い出せば二人が入っただろう店にも行ったなあ。(ただし、これは小説の中ですから、そのモデルの店で思うわけなのです)。
どうしても私は「北」より「南」が好きなのですね。20170727022017072710
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20170727062017072701 この街が大阪の北です。私はこの街でも腹いっぱい飲んできました。仕事で来て、そのあと飲んだこともありますね。この街のはずれにはまだまだ大阪の怪しい街が残っているのです。
行けばすぐに分かるでしょう。大阪支店(当時働いていた会社の支店)の大物に驚かれたことがあります。
やはりハイカラな街ではなく、大阪なのですね。
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201707270220170727032017072704 愛の言葉をリル
熱い吐息をもう一度
恋はベルベット いかしたシルエット
とうに帰らぬあの時代(とき)は

君と交わしたキッス
あれが青春だったかな
指を絡め 星を見上げ
ふたり寝転ぶ屋根の上

いけないことと知りつつ
ヤンチャしたけれど
君の温もりを 忘れずにいたんだ
Ah Ah

都会の隅で ロンリー
みんな今頃どうしてる?
たった一人 膝を抱え
遠い故郷を思い出す

君の名を呼ぶリル
シャイなハートがドキドキ
さらば友よ 分かち合った
熱い涙を忘れない

夏の花火のように
消えて散るよなもんじゃない
あの日観てた サウンド・オブ・ミュージック
瞼閉じれば蘇る

幼い頃の大事な宝ものだけは
ずっとこの胸に抱きしめてきたのさ
Ah Ah

夜の酒場でロンリー
あの娘今頃どうしてる?
さなぎは今 蝶になって
きっと誰かの腕の中

若い広場 楽しドラマ
夢膨らむ 青い空
肩寄せ合い 声合わせて
希望に燃える
恋の歌

愛の言葉をリル
熱い吐息をもう一度
恋はベルベット いかしたシルエット
さらば愛しい恋人よ

頬を濡らすは涙雨
明日誰かが待っている

以上です。ただ次のようにあります。

話題になった歌い出しの歌詞の「リル」ですが、どうやら人名のようです。歌詞が公式に出る前は「愛のことばを射る」と思った人も多いようですが正解はリルでした。昭和初期に流行した、「上海帰りのリル」という歌からの引用ではないかと推測されています。
この主題歌について桑田佳祐さん本人ははこのように話しています。
今までにたくさんの歌手に作詞作曲をしてきた桑田さんですが、NHKに楽曲提供をするのは今回が初めてのチャレンジだそうです。(NHKサイトより抜粋)
”この度は主題歌のお話を頂戴し身に余る光栄でございます。
「ひよっこ」は1964年を舞台に始まる物語ということで、自然と自分自身の人生を今一度辿っていくような感覚とともに、夢と希望に溢れた日本の未来に思いを馳せながら、歌詞を綴りました。古き良き日本の情感のようなものも、合わせて感じていただけますと幸いです。
ドラマとともに、この楽曲も、ぜひともみなさまにお楽しみいただければと思います。”
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2017072701   いいですね。大昔私の出身大学の埼玉大学の学園祭のむつめ祭でこの方のグループの歌が唄われました。むつめ祭の現場にも来て唄ってくれました。懐かしく嬉しいです。

 

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2017072636  前に書いたことですが、このヤクザの親分(ある組の親分でした)がものすごい読書家で、組の人たちがこの人が依頼してくる本(の名前)がよく分からないということがありました。弁護士他も分からないのです。それで私に電話が来ました。もうすぐ私は分かり、「でも古書店じゃ探すの大変ですよ」といましたが、「そんなのはいいです。本があればいいのです」ということで、福島県から来て私の御茶ノ水の事務所から三省堂に歩いていきました。
「ほら、これが彼が言う本です。でも高価だけどね」と言いましたところすぐに買いました。私に「お礼を」というのに、私は当然断りました。
刑務所にいる彼はものすごい読書家でした。2017072637続きを読む

20170726162017072617 この内田由紀さんのことを書こうとして、思い出したことがあります。NHKの大河ドラマで彼女が織田信長の正妻の濃姫(帰蝶)を演じていて、本能寺で明智光秀の軍と戦う様が描かれていました。一体どういう時代考証をしているのでしょうか。
帰蝶(きちょう)は信長の元からは去り(おいだされたのかもしれません)、じつに大坂夏の陣の直前まで生きているのです。世の中のむなしいこと、生きていくことが大変なことを十分に感じていたことでしょう。
ああ、ここでは内田由紀さんのことです。彼女は1975年11月16日の東京港区広尾のお生まれです。私は「最後から二番目の恋」での彼女が大好きでした。
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2017072624 201707262520170726262017072627   随分昔ですが、鎌倉の大仏を初めて見に行ったときに、私はその高徳院大仏の後で与謝野晶子を思い出していました。そして大仏の後で与謝野晶子のことを何かを書いていました。懐かしいです。
   また行きたいな。今度は孫といくのだ。
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20170726012017072603      この「三国志」の中でも(これは「三国志」でも「演義」でも「吉川英治『三国志』」でも)同じなのですが、蜀漢でも魏でもなく呉がものすごく分かりにくいです。漢詩がいい曹操や曹丕や曹植のいる魏ではなく、蜀漢の劉備や諸葛亮孔明でもなく、この呉という国は何が魅力なのでしょうか。
   孫堅・孫策は早くに姿を消してしまい(それでも二人の活躍は見事ですが)、三番目の孫権は最初はその魅力は理解できません。むしろこの陸遜と呂蒙の方がたくさん魅力を感じるものです。
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2017072601 雨ですね。そうなのだなあ。続きを読む

20170725142017072515
   私は最初は中学2年で人物往来社か徳間書店で入門書みたいなものを読んでいました。のちに高校2年の時に岩波文庫で全部読みました。のちに福島県郡山のヤクザさんが京都拘置所で読んだという話をして、そのときはとても嬉しかったものでした。
   でも実にいい本です。ヤクザの方は刑務所拘置所で読んだ方が多くそして私は話ができるからいいものでした。
   もう懐かしく思い出します。20170725162017072517続きを読む

2017072507201707250520170725062017072509  今は7時58分です。
 さあ、また見ていきます。
 島谷が故郷へ帰るのだ。みね子が泣くのがよく分かります。
 もう私も泣いてしまいます。
 みね子は誕生日なのだ。
 もう私の涙には困ってしまいます。
 管理人さんも聴いています。
 もう悲しなあ。
 谷田部みね子、ガンバレ!
 今もう私は笑いました。

 今電池を替えるのが大変でした。

 島谷の故郷は九州「葉隠」の里なのだ。20170725102017072511201707251220170725132017072508続きを読む

2017072502 今日は起きるのが遅いなと思っているのです。仕方ないですね。毎日こんなことなのですね。

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  このことは、またあとで書きます。なんだか時間が無くなってしまいました。大事なことだから忘れないで書いていきます。
  坂本龍(竜)馬は私の大好きな人なのです。
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20170724012017072404    もう二人はは可愛くてたまりませんでした。でもニコは分かれるときに「これで王子じいじは帰るから最後抱いても泣かないでね」と言ったのですが、じいじが抱くと泣いてしまいました。王子ばあばでも泣くのですが。
  じゅにはもう大きいから大丈夫でした。王子ばあばと懸命に遊んでいたのを思い出します。今度は王子じいじとも遊ぼおうね。2017072403続きを読む

20170725032017072501  私が勝手に思い込んでいたのと違いまして、往路は京葉線経由で行きまして、復路は総武線でした。もういっぱいポメラで書いてきたのですが、もうどうやったらパソコンにログをコピーできるのか分からないのです。2017072504

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2017072433201707243420170724352017072437201707243820170724362017072401続きを読む

20170722022017072203 それで総武線で行くのです。私は杖歩行ですから日本交通頼りなのです。
  いつも私はこの日本交通頼りです。
こうして孫二人と会えるのです。ブルータスにも会えますよ。2017072204続きを読む

2017072201 もう会いまして、いっぱい笑顔を見てきます。
総武線で行きます。まだ赤ちゃんのニコもじいじが分かるよなあ。またここで報告していきます。続きを読む

2017072101   これはラテン名でフランス語ではアベラールといいます。相手の女性はエロイーズといいます。
   アベラールは唯名論で名高いのですが、このエロイーズとの恋で反対派に局部を寸断されるという仕打ちに会っています。
  そしてこの二人に交わされた書簡が「アベラ−ルとエロイーズ」の愛の書簡です。私は高校1年の9月に読んでいます。横浜の高校で岩波文庫で読んでいます。その前に鹿児島の古書店で買いましたものです。
  もうエロイーズが手紙の中で「あなたはチンチンがなくなって感じないのだろうが、私は我慢できない」と書いているのをアベラールはあくまで神の言葉で彼女を諭すのです。実にいい書簡集でした。
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2017072104201707210620170721052017072107
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2017072112  今は7時56分です。
さあ、またみね子たちに会えます。
もう熱心に見ていきます。

この娘はきつい女の子だなあ。
でもみね子の彼は佐賀の父親に激しい内容の手紙をもらっています。
二人が笑うのに私も笑顔です。
私は今「困ったな」と言って本当に困りました。私は今泣きました。困るなあ。
この状態は辛いなあ。
でもこれはいけない女の子だ。

そのあとのNHKのこのドラマの解説もずっと見ています。 
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2017072103       私は自分のことを、「大阪を知っているように言っているけど」、実は「何にも知らない分かっていないじゃないか」と思います。言い訳すれば、住んだことはないですからね。
  しかたないのです、と言い訳してしまいます。
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20170721012017072102    サイドバーに戸田恵子さんの画像をUPして、同じくサイドバーにカレン・マクドゥーガルのお尻の画像をUPしました。とにかくどちらも私の大好きな方の画像です。
  こうして好きな方の像をUPできるのは嬉しいです。こうしてまた毎日見ていけます。

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20170720122017072014
     愛知県名古屋市のご出身です。1957年9月12日のお生まれです。私は4人目の孫が突如入院になったときに、東京子ども病院と千葉子ども病院へお見舞い行きました。週に5日は通いました。その時にこの彼女のアンパンマンの像が医院の各廊下やお部屋に飾られており、どんなに励まされたことでしょうか。彼女は名古屋のご出身なのですね。私は名古屋市の南区・千種区・北区、小学校2年の終わりから6年の初めまで住んでいたのです。名古屋にはいろんな思いがありますが、とにかく懐かしく思い出します。
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20170719242017071925    やっぱり張飛のことも書いていきましょう。最初は書かない気持でいたのですが、こうして書いてしまいました。中国でもこの日本でも関羽ー関帝が人気があり、そればかりで、でもこの張飛も書いていきましょう。
やはり蜀の3兄弟ですから、書かないわけにはいかないのです。ただ大酒飲みであり、ミスをいっぱいしているから難しいなあ。
ただ劉備・関羽につぐ3兄弟の一番下の弟であり、大事な存在です。
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2017071902
   私が初めて関西の京都へ行ったとき(私は当時の私の彼女と行きました)、私の友人(私と安田講堂で闘い、拘留され、また別な件でも長く浦和拘置所に入っていた)が京都先斗町で飲もうということになり、「関西では焼き鳥ではなく、串カツだ」ということで飲んだものでした。私は初めてであり、彼の言う通りに飲んで食べたものでした。
   それがこの串カツでした。
   もう初めてでしたが、じつにいいものだと気がつきました。懐かしいなあ。20170719222017071923続きを読む

2017071919
    前に書いた「いつも見てしまうCM」ですが、最初はシーサーでいいのですが、次は「モアイ」のようです。それでこうしてモアイ像を入れました。ちゃんと見ていかないといけないなあ。
    テレビCMも丁寧に見ていきましょう。こうしたことは正確にやっていきましょう。
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20170719092017071910201707191120170719122017071916201707191820170719172017071914続きを読む

2017071906      昔飲んだ船橋の駅近くの飲み屋で「うちは焼き鳥はありません。焼き豚(とん)です」と書いてある飲み屋がありました。そうなのだなあ。いくつの店もあったのでしょうが、こう書いてある店はここだけでした。上の画像は焼き鳥、下2枚の画像は焼き豚です。
  懐かしい思い出です。
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20170719042017071902    ここのサイドバーで「私の住んだ街」で千葉県船橋市を載せるのをすっかりわすれはてていました。慌ててこうして載せました。
 こうして画像を載せるのにいくらかインターネットで船橋を見ました。もう懐かしいばかりです。私の後輩でここへ来てくれたのは、彼だなあ。引っ越しで北浦和から運んでくれたのは彼だったなあ、なんて思い出していました。みんな私の大事な後輩です。また改めてお礼をいいましょう。
 フナッシーが大事な存在です。
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201707170220170717262017071727   私の大好きな俳優さんです。私は彼が大河ドラマで上杉謙信を演じられたときは、ものすごく好きでした。GAKTOさんのときも良かったのですが、彼も私は大好きでした。
  また先日「テルマエ・ロマエ」(「テルマエ・ロマエII」も)を演じられたときはものすごく嬉しくて興奮して拝見しました。そのとき一緒に演じられた上戸彩さんにはものすごく感謝しています。私はそもそもこの映画で彼女が大好きな女優になったのです。
   彼は1964年6月22日横浜市神奈川区のお生まれです。201707172820170717252017071901続きを読む

2017071810
    ママの怒った顔は、シーサーに似ている〜
ジャミラの時もある〜

   もう私は「シーサー」と「ジャミラ」を探しました。20170718112017071812   私はただただ優しい甘いじいじになります。2017071801
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2017071804201707180320170718052017071808201707180920170718072017071806続きを読む

20170717012017071704
  
大阪弁を書いてみましたら、興味がわきましたので、さらに書いてみます。
   面白いですね。私の故郷の茨城弁に関することよりも面白く感じます。
   こんなことなのですね。
201707170220170717032017071701続きを読む

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20170717022017071703 この大阪の街の画像を見ていくつも思います。私はただ懐かしく思い出しますのです。ここで何度も飲みました。「北」で飲むより「南」の方がよかったです。
でもまた別に書いて行きましょう。
20170717072017071706201707170220170717012017071705続きを読む

2017071701 もうインターネットで見つけたサイトで、読みまして嬉しくなりまして書き込みしました。こんなことは嬉しいことだなあ。
  娘さんがお母さんのお腹に妹か弟ができてその時のお話です。読んでいて嬉しくなりました。それでつい書き込んでしまいました。元気な子どもさんがお生まれになることを熱望します。2017071701
   読んでいまして、嬉しくなりましたものです。私も孫が生まれたときもただただ嬉しかった私です。続きを読む

2017071522   一つ前にUPしたことの続きです。
2017071521
   私はいつも思うのです。南千住で「川を越すと茨城か」と。でも私のこの認識は間違えています。川は墨田川でもう一つ江戸川を越えなければならないのですが、それを渡っても千葉県下総の国です。
  ここはまだ葛飾区です。ここはいつも車寅次郎が行くところ(実は寅さんが生まれたところでもあります)なのです。それで超えてもまだ下総の国は続き、やっと大きな川の利根川を越えてやっと茨城なのです。だからまだまだあるのです。2017071601続きを読む

2017071601
2017071601
また目森さんが書いてくれています。

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「南千住は」で記事に触れさせていただいた 将門web さんが「何度も笑っています」という記事で応答してくれています。

何度も笑っています
   目森さんが書かれたことで、何度も何度も笑っています。この内容です。
南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。
でもそう書かれてもやるのだよなあ。私もやってしまう側です。ここにはいくつもの画像を入れてみました。警察も困っているのだろうなあ。

画像は本家で見てください。楽しそうに路上で酒盛りしています。
山谷はガラが悪いし、左翼もいるし、ヤクザもいるし、面倒臭くて警察も嫌だと思います。
路上で酒盛りだけじゃなくて、昔は冬に銭湯の入り口の前で寝ている人もよくいました。銭湯の排水はお湯ですから、その上の道路が温まるのだろうと推測しましたが、確かめてはいません。
玉姫神社の前の玉姫公園に行ってみると、ベンチの前に地下足袋が脱ぎ捨てられていた事もありました。そこで履き替えたのでしょう。片方が立っていて、履いていた人の気配が残っている印象で、しんとした冬の朝、そんな光景に遭遇するのは、とても嫌でした。

山谷のドヤは、バブル景気の時に高級化して(なぜ、この場所のまま高級化するのか不思議でした)、料金が上がったとかいう話を聞いた事がありました。バブル崩壊後、そういうドヤの一部が外国人旅行者向けの低価格ホテルになり、成功したようでした。

土木作業などの仕事がなくなったのでしょう 、隅田川両岸の美しい遊歩道が浮浪者の臨時テントで埋め尽くされた時期がありました。
ブルーシートの住人の収入源はアルミ缶のようです。資源ごみで出た物をアパッチし、集めます。図々しい者は、どこで手に入れたか町内会のチョッキを着て集めています。連中も必死です。いや、必死なのは彼らだけですから、この際「も」は間違いで、「は」でしょう。連中は必死です。
集めた缶は潰して小さくし、集積場にでも持って行くと行政が買い取るのでしょう。中間業者がいるのかもしれません。
今、テントが減っているのは、追い出されたという事もあるでしょうが、仕事があるのでしょう。解体作業の現場には、爺さんや露助まで混じっています。

南千住は荒川区ですが、山谷のドヤ街そのものは台東区にあります。区の境に泪橋があるのでわかる通り、ここで差配が分かれていました。
南千住で山谷を引き受けたから、反対側の不忍通りというか、道灌山で台東区が譲り、荒川区と文京区が境を接している所があると勘ぐっている知人がいました。

確かに微妙な区割りになっています。
道灌山は荒川区にあるのですが、どうしてだか、不忍通りを境にして荒川区と文京区といはなっていません。不忍通りを越えて荒川区側に文京区が食い込むような形になっています。いや、そもそも、荒川区は道灌山の分はみ出しています。荒川区は山手線の外側までで、山手線の内側は文京区か台東区の方が自然です。2017071602
道灌山側の住民は、もうすっかり文京区意識でいます。道灌山には開成がありますから、それも文京区意識に拍車をかけます。オホホホホ。
昔、山の手と言ったのは文京区の事です。縮めて「のて」とか言ってました。今では、山の手の対語のように使われるようになった「下町」は神田の事です。山の手のある所に下町はありません。
山の手というのは台地の上という意味ですから、道灌山の住民が、荒川区民であっても、文京区(山の手)意識を持つのは、その浅はかさも含めて不思議ではありません。
しかし、文京区は、その荒川区が不忍通りまで来るのは許さず、道灌山通りから動坂下までの荒川区がせり出した部分に、文京区を敷設しています。不自然に路地一本分だけ文京区です。路地一本の片方、不忍通り側が文京区で、もう片側は荒川区です。
薄皮一枚の文京区と呼ぶ人もいますが、荒川区を防ぐ緩衝地帯と見えるのも確かです。
道灌山通りの向こうは台東区ですし、動坂下から向こうは北区ですから、本来なら台東区がしっくり来ます。そこで、山谷の借りを道灌山で返したのではないかという、まったくの邪推が出て来ます。2017071603
北区にも、不思議な場所があります。
北区豊島五丁目は、隅田川が折れ曲がる所にあります。赤羽で分岐した荒川との距離がとても近くなります。対岸の上流側は足立区新田で、下流側は足立区小台です。
ここの不思議は、北区と足立区の区界が隅田川ではない事です。堤防土手を越えて荒川の真ん中まで、北区が飛び出しているのです。
飛び出している所は、土手と河川敷しかありません。ここが北区である理由は最初に線引する時に手が滑ってしまったか(「鉄腕アトム」の御茶ノ水博士の鼻は手塚治虫のペン入れの手が滑って大きくなってしまったそうです)、何か他に理由があるのか?
ここで知人が邪推力を発揮しました。
足立区の首都である北千住と新田を直付けしないために、北区がカットに入ったという説を発表しました。
新田出身者としては、実に面白くない説でした・・・

南千住は荒川区ですが、北千住は足立区です。千住とだけ言うと、北千住を指します。
南千住と千住の間には隅田川があり、千住の向こうに荒川があります。荒川は大きな川です。初めてこっちに来た人が、川をふたつ越えるので慌てたと聞いた事があります。千葉に来てしまったと思ったというのです。心細かったと言います。
そういう話は何回か耳にしました。足立区民は憤慨していました。
足立区は、荒川から向こうが広大なのです。しかも、交通機関がない。
埼玉に向かう東武伊勢崎線も、千葉に向かう常磐線、京成線も、足立区の隅っこを走っています。足立区の真ん中を走っているのは無人の舎人ライナーだけです。
そのため、足立区民は自転車をこぐスピードが凄まじく早いとか、色々と都市伝説はありますが、せっかく話が南千住に戻ったあたりですし、別の機会にしましょう。         
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆2017071604
   もう何度も笑っています。もうしょうがないですね。この区境をインターネットで探し、地図帳でまた探しました。「いつも開成中学校て、どうしてあそこにあるのだろう」と思っていたものです。
私が不思儀だと思っていたことが解けた思いです。続きを読む

2017071602
 ひさびさに日曜日の朝思います。こうして書いていけるのはいいなあ。それと先ほどケータイメールがありました。ゴトさんからです。あとでその内容も書いてみます。
ああ、私の名前の「周二」の「周」だけを画像としてあげました。以下の通りです。
2017071601続きを読む

20170715182017071512    水川あさみさんの画像です。1983年7月24日大阪府茨木市のお生まれです。大阪の茨木の方は初めて知りました。関西に行くといつも不思儀に思うところなのです。私は茨城県の生まれだからです。こんな奇麗な女優さんが生まれたところなのだ。あ、私の方の茨城県も奇麗な女(ひと)が多いですよ。
いえ、私は「いばらき」という音(おん)にはどうしても反応してしまうのです。
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2017071501   こうやって頭の中を巡っていた歌の歌詞を正確に知ることができました。

鐘の鳴る丘
(1947年昭和22)
作詞 菊田一夫
作曲 古関裕而
歌  川田正子  美空ひばり

一)
緑の丘の 赤い屋根
とんがり帽子の 時計台
鐘が鳴ります キンコンカン
メイメイ小山羊も ないてます
風がそよそよ 丘の上

黄色いお窓は おいらの家よ
(二
緑の丘の 麦畑
おいらが一人で いるときに
鐘が鳴ります キンコンカン
鳴る鳴る鐘は 父母の
元気でいろよと 言う声よ
口笛吹いて おいらは元気
(三
とんがり帽子の 時計台
夜になったら 星が出る
鐘が鳴ります キンコンカン
おいらは帰る 屋根の下
父さん母さん いないけど
丘のあの窓 おいらの家よ
(四
おやすみなさい 空の星
おやすみなさい 仲間たち
鐘が鳴ります キンコンカン
昨日にまさる 今日よりも
明日はもっと しあわせに
みんな仲良く おやすみなさい2017071502

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2017071501    いつも毎朝のことです。今朝私の頭を巡っていた歌は今も私の頭の中をめぐっています。あとでその歌の歌詞をここへ書いてみましょう。
 いい歌です。こうして歌が頭の中でうたわれているのです。ただ正確に書くのにはインターネットに頼るのです。
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20170714052017071406   目森さんが書かれたことで、何度も何度も笑っています。この内容です。

 南千住の電柱には、「路上で酒盛りをしない事」などと書かれていました。

 でもそう書かれてもやるのだよなあ。私もやってしまう側です。ここにはいくつもの画像を入れてみました。警察も困っているのだろうなあ。
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