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 私の 日本軍の真珠湾攻撃 に次のように書きました。
 
私は別に誰もが決めつけられるような左翼マルクス主義の思想でこり固まっていたわけではありません
 
 でも今読み直してみて、こう書いてしまうと、私が「こり固まっていたわけでは」ないが、左翼マルクス主義の思想を抱いていたように読めてしまうのではと危惧しました。
 私はマルクス主義に関しましては、一応学びましたが、まったくその主義思想になることはできませんでした。むしろ、学生のときには、「反共」を称えていました。といいますか、私はいつも日の丸の旗を持っていたのです。ただ、公然と掲げますと、いろいろとトラブルになる怖れがありましたので、いつも身体の中に持っていただけです。だから警察に身体を調べられるときなんかはいつも緊張していました。
  68年の10・21の防衛庁闘争では、私服に捕まって機動隊に中に入れられリンチされたのですが、私は自分の持っている日の丸が見つけられ、それが侮辱されることに、とても恐れていました。もっともそのときは、ただリンチされただけで終わりました。まあ、私は顔から血を流していましたけれどね。
 とにかく、私はマルクス主義とは、それ以前も、学生活動家当時も、今もまったく無縁です。
 そのうち私の抱いていた主義思想のこともまた書いてまいります。
根戸小の運動会の1年生の玉入れです。れいちゃんは、玉を上に投げるんじゃなくて、野球の投手のようにヨコに投げるんだよな。あれだと入らないよ。