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 きょうは、練馬区に直行してあちこち歩きました。頼まれていました会社の設立登記が完了したのです。それで、銀行といろいろとやりました、そのあと江古田駅に降りました。
 江古田の北口を降りたときに、たしか10年くらい前にここへ来たことを思い出しました。たしかある家にいきまして、コンサルティングの仕事でした。
 
 でもでも、その前というと実に37年前の1968年の10月の最後の頃だったと思いますが、この芸術学部のバリケードに来たことがあります。芸闘委のバリケードは実に頑強なものに思えたものです。ここで小川神助の「三里塚の夏」の映画を見ました。三里塚の青年行動隊の挨拶も受けたものでした。私は一人で行ったものでした。
 この頑強に思えたバリケードが11月7日に、強力な右翼に襲われました。幸い日大全共闘の支援部隊がかけつけ、右翼を粉砕つくしました。私はこのニュースに実に驚いたものでした。
 右翼では、このバリケードを破れないとなったときに、国家が全力で、この芸闘委のバリケードに襲いかかりました。私はそれらのニュースを新聞で読むだけでした。
 私たちの側が、こうしたことで、日大闘争と東大闘争が強力に連帯することになりました。それが翌年1969年1月の東大決戦になっていきましたものです。
 
 そんなことを、この江古田の芸術学部を37年ぶりに目の前にして考えていました。
 たくさんのことを思い出すなあ。あのころの大きな恋も思い出します。
6月12日の江の島です。