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 みーねえとその二人の子どもに会いに、根戸小に行きました。でも根戸小は広くて、人がたくさんいて、ずっと歩いていても、どうにも判りません。みーねえに電話しましたら、「ここにいるよ」ということで、そこへいきますと、何人もの女性が手をふっています。義姉と、そして姪のしほちゃんとかなちゃんでした。みーねえの二人の子どもはまだいません。なんと、この日は学校の登校日になっているようで、二人はそのときまだ教室にいるのです。でもそのうち来てくれました。
 二人はサッカーをやっているのです。サッカーのゴールが3つ用意されています。一つにはみーねえの彼が担当しています。でもレイちゃんは、とても元気です。元気にボールを蹴ります。ユーヤも元気。二人ともとっても可愛いいのです。
 それにしても根戸小はいっぱいの人です。思えば、しほちゃんとかなちゃんの運動会のときも、ここに来たものです。
 でもでも、あまりここには長くいられません。午後1時半ごろ、ここをあとにします。

 午後3時前に、長女の学校の荒川区峡田小学校に着きます。2階の体育館に行きますと、すぐに長女おはぎがやってきて、「パパ! そんなに大声を出すな!」といいます。私はいつも詩吟をやるので、声が大きいと思われているようです。しかもその注意を何度もされます。
 そのうち長女は授業だというので、いなくなります。なんで、授業があるのでしょうか。仕方ないので、受付の前に座って、携帯でインターネットを見ていると、そのうち妻と義父が来ます。そして次女ブルータスも来ました。また4人で美術展を見ます。実にものすごい迫力の美術展です。子どもたちって凄いな。ずっと何度も見ました。
 でも写真は撮れないので、おおいに残念です。お父さん、お母さんは、自分の子どもの作品にはデジカメを合わせていました。
 次女が昨日も遅かったし、疲れていて、そして明日日曜日も朝からオーボエの練習があるので、帰ると言います。どこから帰ったらいいかわからないので、私が送ることにします。三河島駅まで歩きましたら、なんとJRが動いていません。
 仕方ないので、二人で日暮里駅まで歩くことにしました。でも歩く中で、何故か道を間違えて、西日暮里へ行きました。ここでブルータスは千代田線で帰ります。私はそのまま、いつも少し酔ってから行く古書店まで歩きます。

 ここから、谷中の「浅野」へ行きます。古書店で、随分時間をかけて本を購入したので、もう時間は午後5時です。でもでも、何故か浅野が開いていない。「これで帰ると、また我孫子で飲むな」と思いまして、しばらく谷中を歩きます。谷中は懐かしい思いが湧き上がるくらい、あちこち歩いてきたところです。思い出せば、私は1969年8月末に、府中刑務所から出て、次に逮捕される12月初旬までの間、実にいろいろなことをしていましたが、この谷中の寺の多い街を何度か歩きました。そのときの思い出を、今また思い返しながら、街を歩きました。でも、そんなに歩けない、もう酒が欲しいのです。
 それでまた「浅野」へ向かい、もう飲み始めます。
 そこで、よくここで会いますご夫婦と一緒になります。このご夫婦はお孫さんの日吉の慶応の学園祭に行ってきたということです。それと旦那さんは、昔子どものとき満洲に居たということで、そんな話を私からします。でもでも、そのうち私は「もうここで終り」ということで(なんか、私は酒は5本で終りのようだ)、ここを出ます。

 そしてまた、何故か我孫子の飲み屋にいました。なんだか、そこの元絵描きのマスターといっぱいお話したような、しないような(奥さんとは話した記憶がある)、とにかく、飲んでいました。

 そしてそして気がつきましたら、私の自宅で朝3時に目が醒めました。
 それで、こうしてパソコンに向かっていました。

 もうすぐ次女が起きてきます。

 神田明神の境内に入りました。