このブログ将門は、昨年1月21日に正式オープンしました。したがって、今年の昨日の20日でちょうど1年が経過したわけです。
 全書き込み件数は、1,150件でした。1カ月100のUPをしたかったわけですが、それは貫徹できませんでした。
 でもやり始める前には、「ようするに日記だろう!」なんて思いがありましたが、やってみてすぐ判りました。「これは単に、日記とは簡単にいえないものだな」と気がついたのです。
 日本には、「土佐日記」「紫式部日記」をはじめ、たくさんの日記があります(ちょうどこの二つの日記が思い浮かびました)。

 そうねえ(と話がずれる)、このとき、「更級日記」とか「蜻蛉日記」は思い浮かばないのですね。さらに、思い浮かんだのは、「十六夜日記」でしょうかね。つまり、自分が関係する仕事なりのことをそのまま記録していくというようなことが、私には、このこのブログの感じに近いのです。
 そうですね。これはまた日記とは言い切れないかと思いますが、「三太郎の日記」「三太郎の日記補遺」も、まだ、このブログの私の持つイメージに近いです。ただし、私は「三太郎の日記」みたいのはかけませんよ。第一あんまり面白くないものな。あれをかなり早い時間で読み終わったものでしたが(さらに私はあれをノートとっていたよ)、それは私が府中刑務所に拘留されていたからです。独房なら、どんな本でも読めるさ。
 あ、これはあやまりです。その後東大闘争での府中刑務所生活を保釈で解放された私は、次にまた約3カ月後芝浦工大事件で、また逮捕されたわけですが、このときには、私は周到に読書計画をたてていました。もうすごい長い拘留になるものと覚悟していましたので、かなり莫大な読書の予定計画でした。それでもう拘置所に行く前の留置場でも、私は接見禁止なのに、莫大な量の本が差し入れになっていました。
 それを私のみならず、同じ留置場の窃盗犯、ヤクザ、選挙違反の自民党員などにも貸してあげていました。それで、でも「西遊記」なんかみんなに人気があったのですが、よくないのは、宮本百合子の「伸子」でした。いやなにね、宮顕の女房の小説なんか読みたくはないはずなのですが、それでも私は中條百合子は好きだったのですね(これは私が中学生のころです)。それで長い獄中生活を予想していた私は彼女の本も「播州平野」等々は、私があげていたのね。でも文庫本であるわけなんで、こんなに早く入ってきました。
 私は、やくざのお兄ちゃんが、この「伸子」なんて、「ぜんぜん面白く感じないのだけど」という問いに答えたものでした。「そう面白くないよ、馬鹿な女なんだよ」なんて言っていたものです。でも実は、「でも実は、彼女がいけないのじゃないよ、亭主の宮本顕治がよくないんだよ」という言葉は飲み込んでいたものでした。だってサ、留置場で宮本顕治のいくらけなしても、要するにつまらないことですからね。
 だから、「独房なら、どんな本でも読めるさ」というのは誤りです。日共とか宮顕が関係した本は、絶対に読めません。

 あ、私は何の話をしていたのでしたっけ。

 このブログ将門も1年がたちました。