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 一つ前のUPは、ちょうど通勤のときに歩く柳田公園で、桜の花びらを撮ったものでした。義母をデイサービスに送りましたときに、いくつもの桜の花びらを見まして、思い出したことがありまして、すぐに通勤するときに、「でもどこで撮ろうかな」なんて思っているうちに柳田公園まで歩いていました。
 よく桜の花びらはあちこちで見てきたものです。この柳田公園の桜の花びらも好きでした。でも一番思い出したのは、府中刑務所の桜です。あの刑務所にもたくさんの桜があります。私が勾留されていた1969年も実に綺麗に桜が咲きました。
 ちょうど毎日運動の時間があります。この運動の時間も必ず独房と同じで、ひとりづつの狭い扇形の運動場が使われます。扇の柄の部分で、看守が私たちを見張っています。
 それで、私はこの運動に時間に、看守の目を盗んで、桜の花びらを拾いました。そして「明日はもっとたくさん拾おう」と思っていた翌日、突如台湾坊主の気候により、関東は雪が降りました。運動は中止になりました。

 私はこの手に入れた桜の花びらをどうしようかと思いました。せっかくなのに、そのままではゴミになるだけです。
 それで私は、当時しつこく手紙を書いていました、好きな女性への手紙の切手の裏に、これを貼り付けました。これが簡単に思えますが、実は大変でした。切手の裏に貼ると、今度は封筒と切手が貼り付いてくれないのです。
 それで、毎日の配当(朝昼が府中刑務所は麦シャリでした。夕食はコッペパンです)のごはんつぶを利用するのですが、この麦シャリは、「しゃり」と言ってもね、シャリがあんまりないのですよ(今から読むと、米5割麦5割の割合だというけれど、そんなことなかったよ。でもそのわけも今では判った気がします)。少ないごはんつぶを見つけて、それを口の中でよく何度も柔らかくしまして、花びらを貼り付けたものです。
 でもとにかく、そうして私の拾った花びらは、みな切手と封筒の間に挿まれて娑婆に出ていきました。

 もし、あの彼女があの大量の私の手紙を持っていたなら(いや、もう当然捨てたでしょうが)、そのこの3月末と4月当初の手紙には、切手の裏に桜の花びらが貼ってあります。

 そんなことを、今朝柳田公園の桜の花びらを携帯で撮りながら思い出していました。

 写真は、長女が頂いたもので、こうしてさらにまたまた開けると、その中にもまたさらに同じもの(少し小さいもの)が入っています。いつまで続くのかな。