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 Googleで、私の名前「萩原周二」で検索したところ、以下の書込みを見つけました。
 kajiyahaikaraというハンドル名で、私のことを書いてくれています。
 次の二つの書込みでした。

2006/ 4/10 二期未来会の友人達よ
萩原周二君という人を覚えていますか
私はおぼろにあの人ではないかと思うのですが
鹿児島市立甲東中学校を検索したら
山下小卒業、甲東中学校卒業という
彼のホームページに出逢い
記憶をたどって
あの人
あの上品な顔をしていた彼では
ないかと懐かしく
固有名詞を書いてしまいました

2006/ 4/14『『弔亡友月照』 西郷南洲』
萩原周二君の
ボイス将門第八回放送「義父を送る」を聴いた
声を聴きながら、イメージの中にある彼を思いだした
昭和35年7月に山下小に転校してきて
甲東中に3年いたので
1963年甲東中の卒業式で一緒だったろう
彼とはオスと声をかけあうぐらいの思いでしかないが
彼の顔はきっとあの人だろうというイメージはある
彼は薩摩の田舎もの風ではなかった
その彼が義父の亡くなった翌日に歌ったその詩吟を聴いて
感動した
2006年3月10日の彼の声
1963年に別れて以来なので43年ぶりの
彼の声だった

 実は、私はkajiyahaikaraさんという方がどうしても思い出せません。どなたなのかな。
 でも私のボイス将門の詩吟を聞かれたということで、羞しいやら嬉しいやらというところです。
 私は小学校6年のときに、名古屋から鹿児島へ行きまして、中学は甲東中学というところへ3年間いまして(こんなに一つの学校だけですんだのは、私だけです。私の弟は二校、兄は三校の中学でした)、高校1年のときに鶴丸高校から横浜の高校へ転勤しました。
 私の声を聞いて、私の声を思い出してくれるのは、実に嬉しいです。できたら、私も彼の声を聞いてみたいものです。そうすれば、顔を思い出せるかな。

 やっぱりこうしてインターネットで公開していることはいいですね。こうして、昔の友人のことを見つけることができます。

 写真は、昨日7日の、私の娘二人のサンシンの会です。