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 この一つ前の Web2.0の条件4つ の写真が、鬼怒川公園駅前の鬼太の像です。鬼怒川公園駅にいます でもケータイの写真を載せました。
 ここで私たち家族はこの鬼太のことを思い出していました。
 とくに私は、次女ブルータスの「おにたのぼうし」の授業内容を思い出していました。そのことは、ブルータスも、この像の前で少し話してくれていました。
 以下のブルータスのホームページI'm brutus の「平成15年10月1日第24号」にこの記録が少し書いてあります。

0608160710月です!
おにたのぼうし 話し合いで盛り上がりました

おにたのぼうしの学習が終わりました。この学習では、人物の気持ちや場面の様子を想像しながら読むだけでなく、自分の意見を積極的に発表し、友だちと話し合う、という活動を行いました。9月30日(火)の国語では、「おにたは、黒い豆になったのだろうか」という問題に対して、話し合ってもらいました。

06081608多くの子が「黒はおにたの色だし、あたたかいというのはおにたの体温なのだと思う」ということで、おにたは黒い豆になったと考えました。しかし、「黒い豆は帽子の中にかくしておいたのだと思う。おにたは黒い豆にはなっていない」と考える子もいました。それから活発な話し合いが始まりました。「帽子の中にかくしていたら豆がつぶれるし、あたたかくない」「女の子が豆まきをしたいといったときとても驚いたのだから、豆を用意していないはず」「自分の嫌いな豆に命を犠牲にしてまでならないと思う」「でも女の子に豆まきをさせてあげたかったんだよ」「おにたはぼくは優しいんだよってわかってほしかったから嫌いな豆にもなった」など、おにたの気持ちになって考えることができました。「作者のあまんきみこさんに手紙を出して聞いてみよう!」という意見まで出されました。

06081609 物語には答えがありません。今回の話し合いをして強く感じたことは、みんなと意見を交換し、物語を深く読み取ることで「こうであってほしいな」という物語への自分の思いが強くなれば、ということです。一人一人が心の中で「おにたのぼうし」の物語を広げていってほしいですね。

 ブルータスは、この像の前で、とくにユニークといえる意見を出してくれた男の子の生徒を思い出してくれました。
 このとき、家族みなで話したことを、私はこの鬼怒川温泉駅の前で思い出していたのです。

 だから、ここには、その鬼怒川公園駅前の鬼太の像をいくつも載せます。真っ先に載せたのは、その鬼怒川公園駅です。

 今の子どもたちは、とても優しい心を持っています。おそらくその親御さんたちの言われることも大きいのだろうなと思っています。
 私はしばらく、この鬼太について、あのときのブルータスの3年生の生徒たちがみなで話した内容を思い浮かべていました。