2006年09月10日

『花と音楽の館』整備 旧青木家跡地活用

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 中日新聞ホームページこの記事 がありました。

 昨年十月に鴻巣市と合併した旧川里町で、父子二代にわたって衆院議員を務めた旧青木家跡地(同市関新田)を活用した「花と音楽の館かわさと」の整備が進んでいる。百五十五年前に建てられた旧家の母屋や長屋門などを一部改修するなどして保存活用し、バラやクラシック音楽など父子にゆかりのある素材をテーマに、遺族の要望である文化向上の拠点を目指す。バラ園などは地元住民が整備する。

 青木正、正久父子(ともに故人)は一八五一年に建築された木造二階建ての農家建築に居住し、ともに衆院議員を務めた。旧川里町は二〇〇二年二月に跡地の寄贈を受け、〇三年に利活用検討委員会を発足、基本構想や設計を進めてきた。昨年七月に母屋を解体、同年十月の旧鴻巣市などとの合併を機に公園整備に着手した。敷地面積約九千七百四十五平方メートル。事業費は約三億千五百二十万円で、合併特例債を活用する。(2006.09.08)

 私は、建築設計に関しても、音楽に関しても、キワードをいくつか入れてニュースを常時入手(あ、もちろん他にもいくつものキーワードで探していますよ)しています。それで、偶然この建築ということでも、音楽ということでも出てきたのが、このニュースでした。

 かつての母屋は二階に養蚕の作業場などがあったが、今回の計画では外観はほぼ同じながらも、構造は平屋で、コンサートなどを開くことができるサロンや、地元料理などを提供する部屋を整備する。長屋門と茶室は一部を改修して集会などに利用できるようにする。

 いいなあ、行ってみたいなという思いになりました。ただし、完成するのは来年3月でオープンになるのは来年夏ということです。

 私は埼玉大学で激しく学生運動をやっていましたが、大学5年にもなると、私では前科が2つで、活動家としては使い物になりません(また逮捕起訴されると、お金がかかりすぎます)。それで大学5、6年というと、後輩の活動家の面倒を見たり(これがたくさんあるのよ、なにしろ激しい時代でしたからね、その親と会ったり、差入れに行ったり、警察とやりとりしたりいろいろね)。埼大のむつめ祭という学園祭を熱心につくりあげていました。5年のときには、飯場に入って、むつめ祭向けの酒を莫大に仕入れる資金を稼いでいましたし、6年(1972年の秋)のときには、いくつもの政治勢力(もちろん、共産党は除きます)に寄付を集めに行っていました。
 そのときに、ちゃんとその私たちの要請に応えてくれた政治家はたくさんいましたが、この青木正久衆議院議員は、ちゃんと応えてくれたものでした。電話で、自分が「日本のキッシンジャーとして中国へいって、日中国交回復の頑張った」と言ってくれたものでした。そしてむつめ祭当日には祝電もくれていたものです。
 おそらくあのときの青木正久さんは、私たちの正体は判っていたことでしょうね。でもやっぱりいい政治家だと思ったものでした。
 そんなことを思い出しました。もう何もかも、ずっと昔のことになってしまいましたね。



 この二つのフクロウは、王子の家の玄関にいつもいます。5月初旬に神戸に行きましたときに、六甲山で購入してきました。


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