思想としての全共闘世代
書 名 思想としての全共闘世代
著 者 小阪修平
発行所 ちくま新書
定 価 700円
発行日 2006年8月10日第一刷発行
読了日 2006年10月7日

 まず最初にこの本を読むことになったきっかけを書いてみます。
 私のこのブログ将門で、次の書込みを私は9月23日にしていました。

   NHK:定年帰農を考えるサラリーマンは現実を分かっていない!

 その中で、私は次のように書いていました。

それとですね、一番この中で気になりましたのが、塩津計さんが書かれたこのブログへの次のコメントです。

小阪というアホ左翼が「思想としての全共闘世代」に馬鹿なことを書いている。反体制・反資本主義・反権力を志向する全共闘世代の究極の理想は帰農であり、田舎にいって有機農業にいそしむことなんだそうだ。こういう全共闘世代は20代も何も考えず馬鹿やってだだこねたが日本の政治には何の影響ものこさず害だけなしたが、それから40年たって定年を迎えても、やっぱり馬鹿でヒャクショウに自ら喜んでむしられにいく馬鹿だった。こういうオツムのなかでのみとらえた勝手な権力=都会の大企業、民衆=弱者=ヒャクショウという構図にしがみ付くアホの全共闘世代は丸ごと帰農してもらって滅んで欲しいもんですな。

 私は昭和23年生まれで、大学は1967年入学で、ちょうど三派全学連の時代で、2年生になったときにいわゆる全共闘運動の真っ盛りでした。それで東大闘争の安田講堂で逮捕起訴され、220日後保釈になりましたが、また芝浦工大事件で、逮捕起訴されました。
 それで、ずっと同じ学生運動の仲間とはつき合いが続いていますが、私はこのような「究極の理想は帰農であり、田舎にいって有機農業にいそしむこと」なんてことは、少しも思っていません。もうこういう連中(昔は三派や全共闘の活動家で、今はただのおっさんでそういうことを言っている連中)は馬鹿で阿呆じゃないのか。

 小阪さんは、今度道端で会ったら(彼は予備校の講師しているから、ときどき御茶ノ水の道端で偶然に会うのね。でももう会うこともないかな)、このことを指摘しますよ。でももう判んないのかな。でも彼自身が帰農なんかしないでしょう。でも彼のこの本は買う気もしないけれど、この馬鹿な部分くらい立ち読みしてみようかな。
「アホの全共闘世代は丸ごと帰農してもらって滅んで欲しい」と言われても、私も阿呆な全共闘世代ですが、絶対に帰農なんかしたくないよ。田舎なんか、嫌いです。私は酒飲みなので、車は運転しない(できない)から、車がないと生活できない田舎なんか絶対に嫌です。

 それで、ここに小阪修平さんが、次のコメントをくれていました。

1. Posted by 小阪修平    2006年10月05日 15:13
まったく書いていない内容に反応しシコメントするなんて萩原さんらしくもないですね。

 私は「エッ!」と驚きました。ただし、このコメントに気がついたのが、6日のことでした。「あ、これだと私はとんでもないことを書いちゃったんだな。ちゃんと読んで、彼に謝ろう」と決意しまして、昨日午後行きました、中央区蛎殻町のクライアントへいくときに、水天宮の駅のすぐそばでこの新書を買いました。
 ただし、もちろん私は仕事をしに行ったわけであり、ほんの少ししか読めずに、その後はいろいろとありまして(ようするに夕方になると飲んでいるわけですが)、全部を読み終わりましたのは、きょう7日でした。
 そしてそして、私は小阪修平さんに謝らなければなりません。余丁町散人の隠居小屋のこの記事「NHK:定年帰農を考えるサラリーマンは現実を分かっていない!」の、コメント覧に、塩津計なる人物が書いたコメントは、まったく小坂さんの本には一行も書いてありません。

反体制・反資本主義・反権力を志向する全共闘世代の究極の理想は帰農であり、田舎にいって有機農業にいそしむことなんだそうだ」なんてことは、このちくま新書の小阪さんの本には、一行も書かれていません。
 もうこの塩津計なる人物は、どこを読んで、このことを言い出し、引用までしたのでしょうか。そして、私はどうしてちゃんと小阪さんの本を読んでみて確認しなかったのでしょうか。本当に私に対して腹が立ちます。

 実は私は以前は小阪さんの本は出版されると必ず読んでいたのですが、この本は本屋で表紙を眺めていただけでした。いえ、私には彼の本は難しすぎるのです。だから手にとって開くこともしていませんでした。

 小阪修平さんに謝ります。申し訳ありませんでした。
 できましたら、今後も道で偶然お会いしても、挨拶することは許してください。

   この雑読備忘録の続き