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 私は自分の書いた 周の雑読備忘録「松浦知久『漢詩』」

 最後の章の

     「文語自由詩」としての訓読漢詩
     ───定型詩(和歌・俳句)との相補性───

を読みました、もう私は実に感激すると同時に何かどうして訓読漢詩が今活きているのかが判りました。ダンテやシェークスピアやゲーテがいくら優れていても、この訓読漢詩のようにはいきませんでした。それは、この「自由詩」という点にあるのですね。このことは、今初めて知りました。初めて知った驚くべき視点です。

のところを読み返していて、「でも、今私たちがよく知ることのできる英語の歌はどうなんだろうか」と考えてみました。
 いや、もう別に書き下し文でなくても、もう充分私たちに伝わっているよなという思いです。
 例えばパティ・ペイジ(1927.11.08〜)の「Tennessee Waltz」ですが、あの歌を聞いていますと、自然にその物語が頭の中に浮かんできます。
 自分の大好きな彼氏を、自分が紹介した親友の女性に奪われてしまうというあの歌は、聞いていると、どうしても涙が湧いてきます。

I was dancin' with my darlin' to the Tennessee Waltz
When an old friend I happened to see
I introduced her to my loved one
And while they were dancin'
My friend stole my sweetheart from me.

I remember the night and the Tennessee Waltz
Now I know just how much I have lost
Yes, I lost my little darlin' the night they were playing
The beautiful Tennessee Waltz.

 江利チエミの唄う「テネシー・ワルツ」も私は大好きですが、どうしても彼女の歌を聞いていると、私は今も彼女の墓の前で座っている高倉健を思い浮かべてしまい、「テネシー・ワルツ」とはまた別の悲しい気持になってしまいます。

 それからもう一つ浮かびました歌です。ボクサーのマルセル・セルダンに捧げられたエディト・ピアフの「愛の賛歌」は、いつ聞いていても、その強い悲しみの歌声に涙が浮かびます。
 この歌も私はフランス語って、全然判らないのですが、ピアフの歌声はいつも私の心に響いてきます。

 でもこれは思えば、漢文訓読法とは離れた話かな。英語やフランス語に接することのできる今の私たちと、江戸時代以前の日本人とは違いますね。
 荻生徂徠という人は北京官話が完璧にできたと言われますが、でも漢文は従来の訓読法に従って詠んでいたはずです。

 ああ、関係ないけれど、私は東大闘争で勾留されていた府中刑務所に日仏辞典を入れてもらって、「Le Petit Prince」(星の王子さま)を苦労して読みました。あれは原語で読むと大変なのよ。実に悲しい物語だしね。

 なんとなく、話があちこちとびました。

 この続きの2

 写真は21日の我孫子の自宅のすぐ近くの手賀沼ふるさと公園です。