2007年02月21日

吉乃とお鍋の方

07022201 私が、周の雑読備忘録『信長をめぐる七人の女』 を書いていて、やはり、この信長の妻妾のうちの二人の顔姿を思い浮かべていました。

 私が、この二人を知ったのはいつのことであったかと思い出すのですが、いつだったのでしょうか。おそらく、高校生の頃読みました「日本戦史」等々では、少しも出てこない女性だったかと思います。
   吉乃(きつの)は「武功夜話」にて、私が始めて知った女性でした。もっとも、この書は、伊勢湾台風のときに崩れた壁の仲から発見されたということで、偽書であるとも言われていますが、この「武功夜話」が出てきたあと、書かれた本・小説の中で読んできて、いわば始めて知った信長の妻でした。
 彼女は、信忠・信雄・徳姫の母親ですから、いわば正室と言ってもいい存在でしたが、正室は濃姫なのですから、側室というしかなったのでしょう。
 でも私には、信長が一番恋した女性が生駒吉乃だったのではないかと思えます。

 お鍋の方は、近江の豪族・高畑源十郎の娘で、この方もまた吉乃と同じように最初に嫁いだ夫を早くに亡くして、その後、信長の側室になり、信高、信吉、於振を産んでいます。
 この女性は、信長の死後、秀吉の庇護を受けています。秀吉は一妻十六妾と言われるように側室がたくさんいるのですが(実は16人なんていう数ではなく、数百ともいえるんではないかな)、そのうちの一人であったのではないかな、なんて私は思います。

 吉乃は、信長にとって永遠に恋し愛する女性だったろうし、お鍋の方は、好きになれなかった実の母親土田御前とは違って、母の優しさの感じを信長が受けられる女性だったのではないかな。

 そんなことが、さきほど仕事上でのケータイメールを何通か交わしているときに、頭の中をよぎっていました。



 写真は22日、朝9時台に、義母をデイサービスに送るときに撮りました。


トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔