2007年04月20日

私からの母への手紙2007.04.20

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 以下、私がたった今書きました母宛ての手紙です。今は私しかいないので、あとで王子郵便局のポストに入れにいきます。午後9時に集配があるのです。

   萩原たか子 様

               2007年4月20日

                周のURLメール
                今の王子の住所電話等
 前略
 ばあちゃんに会いにいけませんが、この前の手紙に書いたとおり、23日にいきますよ。

 きょうは、仕事であるお客さんのところへ行きまして、その帰りにある駅まで歩くのに、別な道を歩きました。そうしたら、小さな公園(いや東京の中野区だから、大きいと言えるのかなあ)があり、そこを通っていたら、私の前をダックスフンドを2頭連れている娘さんがいました。
 私はすぐに、「ああ、うちにもベアーとケリがいたな」と思い出していましたが、すぐに「あ、あの二人はダックスフントじゃないや」と気が付きました。あの二人の犬は、英国コッカスパニュールだったね。
 それで、ダックスフンドといえば、我孫子でしばらく飼っていたカルボという犬がいたね。あれはいつだったかなあ。私はあのカルボはあまり好きになれませんでした。なんだか、いつも尻尾を振って、人間に胡麻ばっかりすっている犬にしか思えなかったのです。「こんな犬には猟なんてできないのだろうな」と思っていました。
 でもあるとき、銃で猟をする人が、このカルボを借りて猟に出かけたときに、私は「ああ、あいつもこれで耻かくのか」と思っていました。
 でもこのカルボを借りていった人の評価は違いました。もうカルボは猟犬として大活躍だったようです。鳥を狩り出したり、穴の中に入り込んでも、獣を追い出したりと活躍したようです。私は驚きました。「えッ、本能ってのは、このカルボもすごいものがあるんだなあ」。でももうそのときには、私の目の前のカルボはいつものだらしない、尻尾ばかり振っている犬に戻っていました。
 でもいつも、たくさんの犬には、実に驚くことばかりでした。いろんな本能も性格も一匹一匹で違うんだね。
 もう私の記憶の中にいる犬たちは、一匹一匹が違う大きなことをたくさん思い出させてくれます。
 私はいつも、その一匹一匹の犬に何かを喋っていました。どの犬も、「何言っているのかなあ? 俺は人間の言葉なんか判らないよ!」という顔をしていたものでした。
 でもばあちゃんは、いつもその犬たちの言葉が判っていたのじゃないかなあ。私はそういうふうにいつも思ってきたものでした。
                   早々



 写真は20日午後の新江古田です。この少し長い塀を見て、京都と鎌倉のこのような道を思い出していました。ただし、両方ともこんなに新しい塀ではありません。


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