詩歌三国志
書 名 詩歌三国志
著 者 松浦友久
発行所 新潮選書
定 価 1,200円+税
発行日 1998年10月30日発行
読了日 2007年5月13日

 私が5月12日に我孫子の自宅へ行きまして、13日の夕方王子に戻るときに、この本を電車の中で読んできました。ひさしぶりに読んだものでした。
 私は、土井晩翠「星落秋風五丈原」について初めて読んだのは、新潮文庫の「土井晩翠詩集」が初めてのことでした。そして高校1年のときにすべて暗記暗誦したものでした。
 思い出せば、私は吉川英治「三国志」を初めて読んだのは、高校2年生のときでした。私はあの小説を読んで、やはりなんといいましても曹操のことが一番好きになれました。諸葛亮孔明については、さほど好きな人物とは私には思えなかったものでした。孔明が活躍しだすと、なんとなく面白く感じられないのです。私はやはり、「槊を横たえて、詩を賦す」曹操が第一番目に好きでした。だが、孔明のことも大変に好きでもいられたのは、この晩翠のこの詩があったからだと思っています。

 http://shomon.net/kansi/siika2.htm#tutii 土井晩翠「星落秋風五丈原」

 ただ、今私のこのサイトを見て、残念なところがあります。それは「五」の2連目なのですが、私は以下のように書いてあります。

  刀斗(ちょうと)聲無く 露落ちて
  旌旗(せいき)は寒し 風清し、
  三軍ひとしく 聲呑みて
  つゝしみ迎ふ 大軍師、
  羽扇綸巾(うせんかんきん) 膚(はだ)寒み
  おもわやつれし 病める身を
  知るや情(なさけ)の 小夜(さよ)あらし。

 この最初の「刀斗(ちょうと)」の最初の字ですが、これは「刀」ではありません。この「ちょう斗」というのは、一斗を容れる斗(ます)形の銅鑼のことです。当時の軍隊で、昼は鍋として炊事に使い、夜は銅鑼として、警備上に撃ち鳴らすものです。この「ちょう」という字がどうしても出てこないのです。
 以下では、正確に書いていますが、作字していますね。

   http://uraaozora.jpn.org/podoi2.html  星落秋風五丈原

 私では作字できないのです。
 でも、最後の「終章───諸葛孔明像と”詠史の時空”」をちょうど日暮里駅についたとき読んでいまして、やっぱり私は涙が出てきました。

  草廬にありて 龍と臥し
  四海に出でゝ 龍と飛ぶ
  千載の末 今も尚
  名はかんばしき 諸葛亮。

 この孔明の存在があってこそ、曹操という存在も生き生きとしてくるのです。

 曹操が、第七十八回、すなわち全体の約三分の二の時点で長逝することをもって、かれの役割が終わったと見るのは当たらない。文帝(曹丕)・明帝(曹叡)との対決にせよ、司馬懿との対決にせよ、孔明はまさに、曹操が産み出した”魏国”という機構・体制と対決しているのであり、その意味で孔明はまさに、五丈原での戦役に至るまで、一貫して”曹操”と対決しているのだといってよい。敵役としての曹操の姦智と権力が絶大であればあるほど、それを打ち砕く孔明の知謀と赤誠は輝きを増し、小説『三国演義』の主人公としての役割は不動のものとなる。したがって、五丈原で孔明が死んだとき、その”陰画”としての曹操も、はじめてその役割を終えて本当に死ぬのである。孔明の知謀と赤誠なくしては小説『三国演義』は成り立たないが、曹操の姦智と権力なくしては孔明の存在は際立ち得ない。『三国演義』における孔明と曹操の役割の相補性は、どれほど強調しても、し過ぎにはならないであろう。この二人にくらべれば、劉備も孫権も、関羽や張飛や趙雲も、あるいは周瑜や司馬懿や陸遜も、小説『三国演義』における役割は遥かに小さい。(「終章───諸葛孔明像と”詠史の時空”」)

 いや、曹操があってこそ、孔明の存在が大きく生きてくるのだと思うのです。
 それにしても、この「星落秋風五丈原」は何度詠んでみてもいいです。もう全文を暗誦はできなくなりましたが、やはりいくつもの詩句が私の口から出てきます。
 これからもまた何度も、この詩を暗誦していくでしょう。