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 以下、私がたった今書きました母宛ての手紙です。実際の手紙とは違って、ここでは名前等はハンドル名にしてあります。

   萩原たか子 様

                2007年6月1日

                周のURLメール
                今の王子の住所電話等

 前略
 ちょっとしばらく手紙を書いていませんでした。どこに郵送したらいいのか判らなかったんです。きょうは、おはぎと孫のポコちゃんが、あちらの実家へ行っています。あちらのお母さんにおはぎは可愛がられているんですよ。それはね、このあいだ結婚したブルータスも同じなんです。
 ああいうふうに、相手のお家の家族に可愛がられているというのは、みなおばあちゃんと王子のおばあちゃんが育ててくれたおかげだと思っています。
 思い出せば、横浜で私は大学に入って大学1年の終わりの頃、我孫子に引っ越したものでした。でも私はいいのですが、マサシは横浜の鶴見まで通ったのだから大変だったね。あのときは高校2年の最後の頃だ。だから高校3年は大変だったろうなあ。
 私も我孫子というところは、中学高校の友だちもいるわけではないから、それほど親しい感じがする街とは言えませんでした。私はまた北浦和にアパートを借りて住みだしたしね。でもあの北浦和のアパートは1カ月も住まないうちに、東大闘争で逮捕されることになってしまったね。私が逮捕されて取調を受けていた東調布署というところは、一体東京のどこなのかさっぱり判りませんでした。「東調布」というから、調布市のそばなのかなあ、なんて思っていましたが、のちに、こののちというのは今から10数年前に、私が役員をしている会社が大田区にあって、そのときに税務調査があったときに、その税務署の職員に聞いたものでした。東調布署というのは、大田区の田園調布にあるんだね。驚いて、その日は、夕方わざわざこの東調布署を見に行ったものでした。
 外から、あのときの留置場の位置を確認しましたよ。でもよくあそこまで、みんな差入れに来たりしてくれたものでした。ばあもよく来てくれていました。まだ面会はできなかったけれどね。起訴されて接見禁止が解けたときに、友人が来てくれて、そして府中刑務所に移管になったときに、ばあは来てくれていましたね。あのときに、ばあは「こんな秋田犬を飼いだしたよ」と言ってくれました。私はシロのことがとても心配になって、そのことを聞いたら、「シロはこなくなっちゃったよ」と聞きまして、「ああ、またうちは秋田犬を飼うのか」という思いで、でもシロのことばかりが気になりました。でもそのまたあとの面会で、シロがまたやってくるようになって、子犬の秋田犬に喧嘩のやり方を教えているなんて話を聞いたものです。
 あのシロという野良犬は、実に面白い頭のいい犬だったねえ。もうたくさんの思い出を残してくれた野良犬でした。              早々

 写真は5月31日午後6時すぎの、台東区役所前です。この花が綺麗です。