2007年06月24日

私の兄弟

73eae05a.jpg

 周の雑読備忘録「仲乗匠『ワレ皇居(きゅじょう)ヲ占拠セリ』」にみにさんという方からコメントをいただきました。

1. Posted by みに    2007年06月22日 23:31
中学の時の担任の先生が萩原莞爾先生でした。
もしかして、????

松戸の中学に勤務されていましたでしょうか?

 これに対して私は次のようにコメントを返しました。

2. Posted by 周    2007年06月23日 00:08
 はい、私の兄は萩原莞爾です。あらためて別に書かせていただきます。

 それで以下書きます。
 私は兄弟は男ばかり3人兄弟です。兄莞爾は昭和17年1月生まれで、私周二が昭和23年5月生まれで、弟正志は25年4月生まれです。兄と私は、母の実家である茨城県佐貫で生まれました(現在は藤代市になっています)。弟は秋田市で生まれました。
 私と兄の間があいている期間が日本の対米英戦争の間です。

 それでみにさんは、松戸のどの中学なのでしょうか。私は一中と常盤平中は一度くらい私も行ったことがあるのですが(なんで行ったのかは覚えていません)、他の中学へも行っていたと思えますが、ちょっと今は判りません。
 兄は、現在は詩吟の宗家であることのみを忙しくしています。ほとんど私は会うこともないのです。兄は、母と一緒に住んでいるのですが、今はその母も入院しています。いつも私は、義姉とは必ず会っています。義姉も実に優しいのです。ただし、この義姉は私と同じ昭和23年の生まれですが、パソコンもできないし、携帯PHSは今は全部で3台持っていますが、メールができません。私はいつも姪のみーねえにケータイメールしたりして、連絡をとってもらいます。そのみーねえの二人の子どもとも私は仲がいいです。だって、二人ともパソコンでもケータイメールでも、連絡とれるのは、私なのですから。
 私が我孫子に住んでいたときは、兄の家でこそ会うことはありませんでしたが、ときどき駅前のある飲み屋で飲んでいると、何故か会うことがあったものでした。
 私たちの弟が一番真面目です。弟はまったく酒を飲みません。
 だから父親の法事のときも、みなすべて弟が仕切って、私などは使い走りで、それでもう満足しています。

 思えば、いつもお正月の元旦には、いつも兄の家に、この私たち三人兄弟がすべての家族を連れて集まります。それがどんどん、私たちの子どもたちも結婚してその子どもたちも集まります。いつも愉しい私たちのお正月風景です。

 



 写真は同じく17日の長女夫妻がもってきてくれたケーキです。


トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by みに   2007年06月25日 21:02
まずは、莞爾先生がお元気である事でホットしました。

当時は、授業中に良く詩吟を聞かされました(笑)

文系の苦手な僕には、全く魅力がありませんでした。(スイマセン)

でも、今では良い思い出です。詩吟を聞くこともありませんから・・・

中学は、常盤平です。桜並木を良く、女の先生と一緒に学校に向かわれていた姿を思い出します。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔