d294cde7.jpg

 私の 周の掲示板 に「バナー貼りました」というUPをいただきました ヤースケ伝アトランダム さんです。Diaryを少し読みました。
 埴谷雄高に関して書いてありました。その中に次があります。

ところで、法務省・矯正局の管轄下にある「独居房」では(無論「雑居房」でもだが)当時も今も、囚人たちには担当する刑務官らを「先生」と呼ぶよう強制される習慣があるのだそうで、彼の「先生嫌い」の源流は、何よりもまずこの獄中体験にあったのではないかと推測されるわけである。

 だから埴谷雄高は、他の人から「先生!」と呼ばれるのが嫌いだったのではないかというのです。なるほどねえ。
 ただ私たちの時代は(私は1969年の府中刑務所の拘置所での経験ですが)、看守を必ず「担当さん」と読んでいました。これはたぶん、今ではどこでもそうなんじゃないかなあ。留置場、拘置所、刑務所(それぞれ、基本的には、被疑者、被告人、下獄人の入るところです。ただし、今は留置場が無期限の取調用の控室になっていることが多々あります)のどこでも同じはないかなあ。
 ただ埴谷雄高は、そのいくつもの本を読んでも、そう「死霊」を読んでも、私はどうしても内容に引き付けられないのですね。今では残念です。

 写真は21日午後行きました、御茶ノ水の 理容室「プラド」の入口の前です。