12日の夕方、上野の 国立西洋美術館 でムンク展に見に行きました。1e6a7d1d.jpg写真は、上野駅公園口から降りて、美術館の前に置いてある看板です。
 せっかく今は東京に住んでいるのですから、今後はできるだけ、いろんなイベントは見聞しに行こうと思いました。とくに、こうした美術のイベントは、私自身まったく理解することが無理だと思えるものですから、今後はできるだけ見て聞いて読んで、少しでも判るようになっていきたいなと思っています。
 そしてその私の見聞を、こうしてブログに書いていきたいと考えています。

 思えば、私の父も義父も、こうした美術を見ることが大変に好きだったわけですが、私には何も伝わっていませんね。
 思えば、私の長女おはぎが何故か小さいときから、絵を描くことも、何かを工作することも好きでした。美術展に行くことも好きでした。思えば、それは二人のおじいちゃんから受け継いだ血なのかなあ。そして大学は文教大学の教育学部の美術課に進み、卒業したら、東京都の文京区の小学校の図画工作の教員になりました。
 次女は、何が好きなのかということは私たちには判りませんでしたが、お姉ちゃんの行った大学が気に入りまして、そこに入学して、結局は千葉県柏市の小学校の教員になり、もう担任を何年も務めています。今は木更津の小学校で、3年生の担任です。この子はお姉ちゃんが美術を好きだったのにくらべると、音楽が好きで、小さいときからピアノをひいていました。
 そして小学校3年生から、オーボエを始めて、大学を出て、お姉ちゃんのおはぎと駒込に住みだしたときから、奄美の三線をやり出しました(これはおはぎもやっています)。これは、まず「THE BOOM」の宮沢和史さんの多大なる影響です。だから生徒たちの授業の中でも、例えば沖縄の話のときに、この三線をひいています。あ、オーボエは今でも けやきウインドアンサンブル でやっていますね。

 私はムンク展を見ていながら、二人の娘のことを考えていました。そして二人の娘の子ども、私の孫のポコちゃん、そしてその弟や妹、その従弟や従妹も、いろんなことをやるのだろうな、そんな子たちと、こういう美術展を見にこような、と思っていました。
 でもそのうちに、私の孫たちも、「おじいちゃんは、全然こういう美術が判らないのに、ただ来ているんだねえ」と思われちゃうだろうな。でも仕方ないのよ。

 この写真は、12日午後4時すぎの上野駅公園の国立西洋美術館の前の「ムンク展」の看板です。