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 手紙を書きました に「新約聖書」のヨハネ傳の一節を抜き出したことで、私のすぐそばにこの聖書が置いてありまして、少し前にまた読んでいました。
 でもやはり私には「聖書」はよく読み込めないですね。結局はまた「マタイ傳」を読んでいました。マタイ傳のみは、私には実によく読んできたものですから、何度でも読んでいても、またその言葉、情景が浮かんできます。
 マルコ傳も読んでいても、まだまだ私には、慣れ親しみません。マルコ傳の最後を抜き出してみます。

 其ののち十一弟子の食(しょく)しをる時に、イエス現れて己(おの)が甦へりたるを見し者どもの言(ことば)を信ぜざりしにより、其の信仰なきと、其の心の頑固(かたくな)なるとを責め給ふ。かくて彼らに言ひたまふ『全世界を造られしものに福音を宣傳(のべつた)へよ。信じてバプテスマを受くる者は救はるべし、然(さ)れど信ぜぬ者は罪に定めらるべし。信ずる者には之等(これら)の徴(しるし)ともなわん。即(すなわ)ち我が名により惡鬼を遂(お)ひだし、新しき言(ことば)をかたり、蛇を握るとも、毒を飲むとも、害を受けず、病める者に手をつけなば癒えん』
 語り終えてのち、主イエスは天に挙げられ、神の右に坐し給ふ。弟子たち出(い)でて、あまねく福音を宣傳(のべつた)へ、主も亦ともに働き、伴ふところの徴(しるし)をもて、御言(みことば)を確(かた)うし給へり(マルコ傳福音書16章14節から20節)

 こうして、11人の弟子たちは、これから全世界にキリストの言葉を伝えにいくわけなのですね。
 私もマタイ伝だけは何度も読んできましたが、次には、このマルコ伝をちゃんと読んでみるべきかなあ、なんて今思っています。

 写真は12月12日午後5時近くです。上野駅公園の国立西洋美術館すぐそばの上野の森です。