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 マガジン将門第383号発刊 へ寅吉さんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by 寅吉    2007年12月17日 15:30
周さん<本が読めるようになりました>
う〜ん「人間力」ですか・・・全文を読んでいないので捉えきれませんが含蓄がありそうですね。西郷南洲なんか人間力の塊のようですが、意味が違いますか。ユリウス・カエサルなども対極的な意味で人間力があったと想像します。西郷を評して海舟が、<大きくたたけば大きく響き、小さくたたけば小さく響く>といった意味のことを氷川清話で言っていたと思います。カエサル<人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しかみていない>塩野七生著「ローマ人の物語」でも二人とも殺されちゃったんですよね。たとえが究極的すぎました。
リストラされて約2年間、精神的にも肉体的にもまともに本が読めませんでした。
周さんのブログに出会ってからなんだか気力が出てきたような・・・もしかしてこれ周さんの「人間力」?

 ありがとうございます。私は鹿児島というところは、私の中ではけっこう長く住んでいたところ(小学校6年から高校1年まで丸4年間いました)で、西郷南洲の生まれ育つたところにすぐそばに居たのです。南洲は、若き日に江戸にいたときに、我が故郷の水戸の藤田東湖を尊敬していました。だから、そんなことから小学生の私もかなり親しみのあった人なのです。
 今開きました『南洲翁遺訓』に次のような言葉があります(今パッと開いたら、この文が目に入りました)。

 道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心を以て人を愛するなり。

 やっぱり西郷を愛する人の気持がよく判ります。そうですね、例えば、西南戦争に参加した庄内藩士の若い人がいますね。20歳と18歳の方です。西郷は彼らに、庄内に帰国するようにいいましたが、彼らは西郷さんに殉じました。西郷さんが、もうとてつもなく魅力ある人だったと思うのです。

 それから、私はユリウス・カエサルも好きです。ただ、彼があのように歴史上で華やかに活躍するのは、実に短い間なのですね。
 私は若きときに、「プルタルコス」を読んで、大変にカエサルのことが好きになっていましたが、「ガリア戦記」を読んだのは、たしか高校3年のときです。横浜の高校の修学旅行で熊本に行ったときに、熊本城が燃えてしまった原因に、この「ガリア戦記」の記述を参考にしたのではないかな、と思ったものでした。いえ、官軍の中に英文か仏文で、「ガリア戦記」を読んだ人がいるのではと思うのです。
 でもなんといっても、塩野七美さんが書かれるローマは最高に面白いです。そして塩野七美さんが大好きなのが、私はユリウス・カエサルであると思っています。彼女はカエサルに惚れ抜いているのですよ。

 寅吉さんは、リストラされていたのですか。私はね、大学生のときに実に過激派なわけで、そして一つ目の逮捕起訴された東大裁判で、ずっと統一公判を主張していたほうなので(ええと、同じ埼玉大学の被告でも、みな分離公判になりました。とくに私たちのように、そのあと芝浦工大事件でも逮捕起訴された人は仕方ないのです。でも私はそれでも変わりませんでした)、このことは、ずっとあとあとまで、影響しました。もう就職のときに、露骨にいわれたこともありますよ。
 だからね、私はもういつもいつもまともには就職はできませんでした。私はいつも、「俺って馬鹿だかならあ」と考えるようにしてはいましたが、露骨にいわれると、驚いたものですよ。でも私はまたすぐにそれを忘れます。
 そしてまたある会社で、派手に労働組合をたちあげて、すぐにストライキを貫徹しましたので、それでも、その経歴でも睨まれたものでしたね。

 でも私は全然反省なんかしていません。そもそも私は過激派といっても、マルクス主義は大嫌いでしたから、そしていつもたった一人でしたから、私から逃げ出すわけにはいかなかったのです。いつもいつも、ときどき詩吟をやっている(どこでもすぐに詠いだす)ので、みんなからわけが判らない存在と見られていました。

 でもとにかく、寅吉さん、ブログを始めてくださいよ。それが面白い世界を切り拓けるかもしれないことだと思いますよ。

 写真は12月12日午後5時を過ぎた時間。東京国立博物館の前を歩いています。