2008年01月26日

周の雑読備忘録「吉本隆明『日本語のゆくえ』」

日本語のゆくえ 

 一つ前の 八重洲ブックセンターへ行きました で次のように書きました。

 だからその意味では、できるだけインターネットで本を紹介することでも、本が出版されたら、できるだけ早くすることと、その本の内容、目次をそのまま紹介すること、本のとびらや横帯に書いてあることもそのまま紹介することが大事なのでしょうね。

 だから、この本について書きます。
32ccdc1f.jpg 王子から東京駅まで行くときは、「東野圭吾『容疑者Xへの献身』」を読んでいまして、ちょうど31ページ目で俄然面白くなったのですが、あわてて電車から降りました。また帰りに読もうと思いましたが、結局この吉本(吉本隆明)さんのほうで夢中になり、また王子駅であわてて電車から降りました。

書 名 日本語のゆくえ
著 者 吉本隆明
発行所 光文社
定 価 1,500円+税
発行日 2008年1月30日初版1刷発行

 この本の「目次」「帯の文」「カバー袖の文」は以下の通りです。

目次
まえがき
第一章 芸術言語論の入口
  芸術言語論までの道のり
  表現転移論のポイント
  『源氏物語』を読む
  『言語にとって美とはなにか』のモチーフ
  場面転換と「喩」
  西欧詩との等価性について
  等価性をめざす詩人たちの苦闘
  古典につながる立原道造の詩
  立原道造と「歌枕」
  芸術の世界性
  日本人の尻尾について
  小説における「話体」と「文学体」
  芸術の価値は「自己表出」にある
  「第二芸術論」をめぐって
第二章 芸術的価値の問題
  価値論とはなにか
  芸術言語の価値について
  思想家・三浦つとむ
  マルクスの自然科学
  三浦つとむの言語論の特徴について
  言語空間の構造化
  『三四郎』を読む
  『彼岸過迄』をめぐって
  『銀河鉄道の夜』と「世界視線」
  視線の交換について
  島尾敏雄作品における体験と変容
  幻想空間の意味
  経済的価値と芸術的価値の分岐点
  茂吉短歌の到達点
第三章 共同幻想論のゆくえ
  国家とはなにか
  「人間」を捨象した「政治と文学」論
  『共同幻想論』の契機
  『共同幻想論』の骨格
  遠野の特異性
  「天つ罪」と「国つ罪」
  語り部の役割
  日本の特性
  『共同幻想論』のゆくえ
  昭和天皇の短歌をめぐって
  いざというとき何をするか
  「個」を抜いた芸術はありえない
第四章 神話と歌謡
  神話と朝廷
  天皇制はどこへゆくか
  神話時代の天皇
  天皇の起原
  神武東征はあったか
  統治の原型について
  神話と歌謡
  国学が騒ぎ立てた日本人の自意識
  天皇制と芸術性
  神話に転用された詩歌
  古典を読む二重性
  天皇制と女性の役割
  天皇陵の調査を望む
  片歌から短歌へ
  俳句における主観と客観
第五章 若い詩人たちの詩
  若手詩人の詩は「神話」に使えない
  「無」に塗りつぶされた詩
  水無田気流『音速平和』をめぐって
  渡辺玄英『火曜日になったら戦争に行く』について
  この「無」をどう読むのか
  「自然」を失った現代詩の脱出口はどこにあるのか
  なぜ詩のなかで思考しないのか
  現代のわからなさ

帯の文
 神話の時代から現代へ……、日本語表現を考える。
 いまの若い人たちの詩は、「無」だ。
 母校・東工大の集中講義「言語芸術論」を集成

カバー袖の文
 日本語における芸術的価値とは何か。
 現在著者が最も関心を集中している課題を、
 母校・東工大で「芸術言語論」講義として発表。
 神話時代の歌謡から近代の小説までを題材に論じ、
 最後に「今の若い人たちの詩」を読む。
 そこで現代に感じたものは
 “塗りつぶされたような「無」”と“わからなさ”であった。
 『言語にとって美とはなにか』『共同幻想論』を経て展開する、
 著者の最新文芸批評。 

 以上です。

 きょうは、電車の中で31ページまで読んだだけです。ここへ帰るといろんなことがあって、読んでいる時間を作ることができません。
 でも私の読んだところまでで、思うのですが、「『源氏物語』は退屈だ」なんていいきっちゃった人は吉本さんが始めてじゃないかな。いやもちろんそれを普通に感じた人は無数にいたでしょうが、誰も言い出すことができなかったわけです。そんなことは言い出せないよね。「自分が馬鹿だ」って言っているようなものだと思ってしまうわけでしょう。
 私の兄の詩吟の仲間が、大学の卒論が「源氏物語」だったのですが、兄がいつも、「あいつは『源氏』が専門だというのに、『谷崎源氏』ばっかり読んで原文を読んでいない」と批判していて(大学生の頃のことです)、中学生だった私も、それに納得していたものでしたが、まったくそうじゃないですね。
 もっとも谷崎の源氏も実際に読むのが大変ですが、吉本さんが「與謝野晶子のでいいんだ」というのは、実に納得できます。

 この本も読み終わりましたら、また書きます。

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