2008年02月04日
河津桜のことで、「桜」だけでなくいくつも思い出しました
周の『独楽吟のススメ』の9 に私は次のように書いていました。
え、これを読みまして、清水から、河津へ行くというと東伊豆だから伊豆半島の南を回っていくのかなあ。遠く距離がありますね。それとも「河津桜」というのは西伊豆にもあるのかなあ。でももう桜が見られるのですね。私も伊豆は大好きです。
それでインターネットで検索してみました。「河津桜」で検索すると、たくさんのサイトが出てきます。いくつか見てみましたが、次の河津町役場のサイトに次を見つけました。
http://www.town.kawazu.shizuoka.jp/kankou/now/sakuranituite.htm 河津桜
以下のように書いてあります。
河津桜の特徴
河津桜は、寒緋桜と早咲き大島桜の自然交配種と言われており、樹形は広卵状で樹皮は紫褐色で光沢がある。花形は平開形で一重のやや下向きであり、花弁は5枚の円形で無毛である。
色は蕾の時は濃紅色だが、満開時は淡紅色になる
河津桜の原木
河津桜の原木は、伊豆急河津駅から天城方面に向かって1.2kmの地点、飯田氏の庭にあります。現在は、樹齢約50年・樹高約10m、樹巾約10m、幹周約115cmです。
河津桜の原木は、河津町田中の飯田勝美氏(故人)が昭和30年頃の2月のある日に河津川沿いの冬枯れの雑草の中で芽吹いている桜の苗を見つけて、現在地に植えたものです。昭和41年から開花が見られ1月下旬頃から1ヶ月にわたり咲き続けました。
この桜は、河津町に原木があることから、昭和49年に河津桜と命名され、昭和50年に河津町の木に指定されました。
でも思えば、この河津桜を見たことはありませんね。
私は伊豆は昔からあちこち歩いたつもりなのですが、これじゃ何も知らないんだな、という思いです。私は温泉新聞の記者をしているときも、観光ホテルセンターの営業をしているときも、伊豆を訪れています。
04年の8月には、家族4人で中伊豆の嵯峨沢温泉に行きまして、その最初に修善寺に行きました。それは以下と、このあとのUPに画像と私の能書きが書いてあります。
http://www.marinenet.co.jp/shomon/opini/opi0408.htm#040817 2004/08/17(火) 修善寺の桂橋です
私はこのときに修善寺まで行く際のタクシーの中で、運転手さんとお喋りしながら、そのさらに27年前に北修善寺温泉の様を思い出していました。私はそのとき、26歳で温泉新聞の記者でした。でもタクシーで乗るうちに次第に左右に見える温泉街が私の思い出とかなり違うことに気がついたものです。
タクシーから降りて、歩いた修善寺はもう私の思い出の中の修善寺ではありませんでした。この家族の旅行で、もう伊豆の温泉が変わったこと、よりいいほうに変わってしまったことをつぶさに感じていました。
それは2006年夏に家族5人(+ミツ君)で行きました湯西川温泉でも感じたことです。ここにも私は温泉新聞で集金旅行で行っていたのですね。これは、このブログの2006年8月に書いてあります(いや文章はそれほど書いていないですが、画像はこのときの旅行の写真がたくさんあります)。18日から旅行に関するいくつもの写真をUPしています。
またポコ汰を連れて、みんなで行きたいな。私たち夫婦と娘二人の夫婦と、孫がホコ汰と、そのあと何人もの孫と一緒に行きたいです。





























































































