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 私がこのブログで以下に書きました絵画展に行ってきました。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51277403.html 「絵画展」

 私がその場で、お父さんの直示さんにいただきました新聞のコピーですが、それが以下の通りです。これは埼玉新聞のWeb埼玉から抜き出してきました。

色彩豊か ダイナミックなタッチ
原田文さんが絵画展 10日まで

 伸びやかで力強いタッチの油絵―。さいたま市大宮区の原田文(あや)さんが二十歳の記念に、さいたま市浦和区の県立近代美術館で開いている絵画展が好評だ。父親で小学校教諭の直示さん(59)の巨樹写真と祖母・斎宮美重さん(86)の水墨画も同時に展示。親子三代展になった。十日まで。入場無料。

絵画展「原田文の世界」には連日、多くの人が訪れている=浦和区の県立近代美術館
20歳の記念に県立近代美術館

 文さんは生まれた時にダウン症と診断された。幼いころから絵が大好きで、二歳になったころにはクレヨンを握っていたという。「最初はただの一本の線でした」と直示さん。三歳になると、友だちの顔や祖母の顔を描くようになった。絵に熱中するあまり、百ページのお絵かき帳を一日で使い切ってしまったことも。お絵かき帳は、就学までに二百冊にもなったという。小学二年からは近くの関絵画教室で本格的に習い始めた。織物の作業所に通う今でも絵の教室は続けている。

 会場には、キャンパスから波に乗って飛び出してきそうな「くじら」(小四)、色のコントラストが鮮やかな「はと」(小六)など、三歳から十九歳までの作品、二十点が並ぶ。どれも色彩が豊かで、くっきりとした線遣い。作品の中の人形や動物は笑顔で、観る人を和ませる。直示さんは「絵を描くのが楽しいから自然に笑顔になるのでは」という。

 訪れた男性(36)は「素晴らしい作品。家族の支えがあったから才能を開花させることができたと思う」と語り、同じダウン症の子どもを持つ母親は「障害者の作品というのではなく、絵そのものの力を感じてほしい」と話した。

 午前十時から午後五時三十分まで。問い合わせは同館(電話048・824・0111)へ。

 この絵画展の情報は、読売新聞でも公開されていました。

 私は最初、原田文さんの絵画を拝見しまして、次にお祖母さんの斎宮美重さんの水墨画を見て、次にお父さんの原田直示さんの写真を見ました。私が真っ先に思いましたのは、私の長女と次女にも見せたいなという思いでした。とくに長女は小学校の図工の教員であり、自分でも絵を描くことが大好きです。この原田文さんの絵を長女にぜひ見てほしいなという気持が最初に思い浮かんだことでした。

 それに直示さんのいくつもの巨樹の写真は実に感激です。私は大きな樹を目にすることはあっても、それをこのように何かにとどめておくということが、まるでできない人間です。娘が、「あんな、どうでもいいそこらの石ころみたいな写真ばかりをブログに載せている」と言われたことがありますが、まさしくその通りです。
 私は昔、広告制作の仕事に携わり、そのときに何人かのカメラマンと知り合いになりました。何度か一緒の仕事をしました。でも広告写真ですから、自然の景色ではなく、まさしくさまざまな物(ぶつ)を撮ったり、モデルを使ってやるようなことが多かったわけですが、でもそのカメラマン自身が仕事を離れては、自然を撮っているという話もよく聞いたものでした。
 そういえば、私自身の我孫子の家の近くでも自然のみを撮影しているカメラマンも知っています。彼はよく海外にもいくわけですが、アルプスで夜明けを待って写真撮影をするということの緊張さと大変さを聞いたものでした。
 まあ、私はそんな大変なことは仕事でも趣味でもやりたくなく、ただただそこらの石ころみたいなものばかりを今後もデジカメで撮り続けます。

08020808 でもこういう家族って素敵ですね。直示さんの奥さまにもお会いしました。文さんのいくつもの絵画も、こうした家族、お祖母さんがいたからこそ、できたものだし、そして今も此からも描かれていくことだと思っています。
 もっと私は最初に見に行きまして、このブログで広報すれば良かったなあ、とつくづく思っていました。明日までは公開されています。ぜひとも見に行ってください。
 埼玉県立近代美術館は、さいたま市のJR北浦和駅下車5分です。ここは私が1967年4月に入学した埼玉大学が在ったところです。

 それから、原田直示さんの書かれた本「笑っている」が一茎書房から出版されるということです。「出版になるのは4月になるかな」ということです。またはっきりしましたら、この私のブログで広報いたします。

 写真は、上がこの埼玉県立近代美術館に入ったところにある彫像です。下が美術館です。