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 人間の生涯は一〇〇年足らずだけれど、時代はどこまでも続いていくわけですから、一〇〇年足らずの間にこういう考え方をしていけばいいんじゃないかとか、将来こうすればよくなるんじゃないかということを考えて、常識的なものと、あるいは世間一般の世論とあまりにも食い違う時代情況のときには、知らん降りをしているのがいちばんいい。それで三人でも五人でも、自分たちの中でちょっと理想的だぜというものを構想していけば文句を言われる心配はない。僕はそのように考えます。
 ときどき偉そうなことを言って、「これはしまった」と思ったり、いろいろ反省したりしていますけれど、今のところはそういう感じじゃないかなという気がします。細かいことを言い出すと、細かい反論がいくらでも出てくると思いますし、それは妥当な反論だというものもたくさんあると思います。ただ、大筋と言ったらいいんでしょうか。ここが根源だというところだけは、ちゃんと押さえていけばいいんじゃないかと。
(「よせやぃ。」『歴史を流れるようにするとは───第四回座談会』)

 私は自分でここが根源だと思うところは押さえているつもりではいます。ただし、それが正しいかどうかは判らないことなわけです。でもとにかく、これが根源だと思うところはいつも押さえてきたつもりではいます。

 3月28日の午後3時すぎに長女の家に行きました。その前1時すぎに、手紙を出しに行った帰りにこのマンションの玄関で、ミツ君のお父さんとおばあちゃんに会ったのです。お父さんは、いつかのものを車で運んで来てくれていました。私は、それから東十条の「黒松本舗『草月』をたくさん購入してきました。翌日29日に我孫子の自宅の掃除に行くときに、たくさんのご近所に挨拶のときに配るためです。それで、すぐに帰ってきて、『草月』を持って、長女宅へ行きましたら、誰もいません。そのあと、3時すぎに行きましたら、お会いできました。長女家族とお父さんとおばあちゃんは、飛鳥山公園にお花見に行っていたのです。
 そこで、この写真のものを15枚見ました。これはお父さんが、国技館で3月場所すべて通いつめてもらいましたものです。「満員御礼」の日には、これに「五円」が入れられているそうです。お父さんは相撲とかなり縁があるのです。