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 だいたい宗教のいちばん初めは人間の精神活動です。当時で言う唯物論が精神活動としての終極点に見えたといのがフォイエルバッハだとすると、それは精神活動として終極点に見えるかもしれないけれど、人間はそういうことをすっ飛ばしても、解放されることとは別問題なんだと、ちょっとだけ息が長いというか、粘り強く時代の自意識を考えようというところが、マルクスが当時の進歩的思想から頭一つだけ抜けていたところだと思います。それは微妙だけど、マルクスの思想はある程度生きながらえてきていると思いますから、大きさというか、偉大さというか、そこだと思いますね。(「よせやぃ。」『時代の自意識について───第五回座談会』)

 思えば、マルクスもフォイエルバッハも、随分昔に読んだものでした。だが、ちゃんとこのマルクスのほうが適確なことを言っているのだということは、「ドイツイデオロギー」を読んでも、私にはうまく理解できていなかったと思います。それがやっと今少しだけ判って来た思いがしています。

 この写真は、5月13日午後4時すぎの練馬法務局を出たところの家の前のお花です。