2008年06月07日
東京新聞6月7日朝刊に吉本さんがドストエフスキーに関する意見 の3
吉本さんは、以下のように言っています。
この作品ではロシア革命を導いた共産党からも遠い、悪戦苦闘する民衆の姿が描かれている。登場人物それぞれに人間が持つ多様な側面が付与された。中でも『善なる人』というロシア人の原型を表すゾシマ長老を作者は敬いつつ、冷徹にからかいもする
ゾシマ長老は、実に敬虔なギリシア正教を信仰するいわば教祖(この教祖という言葉は違うかな)です。でも彼が亡くなったときに、誰もが悲しむわけですが、でもすぐに彼の遺体からは、もう悪臭がしてきてしまうのです。
私が今年2月2日に、私の義父の弟にあたる叔父に手紙を書きました。A4用紙に3枚印字したのですが、叔父がドストエフスキーに関して書いていることで、私は以下のように書きました。
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を私が読みましたのは、比較的遅くて21歳のときでした。またたくうちに読み終わった気がしています。同じロシアの長編でも、トルストイの『戦争と平和』とはかなり違う印象でした。いえ、まだ私はトルストイについては、何といったらいいのかうまく表現できません。ただ『カラマーゾフ兄弟』は未完なのですね。そういえば、『罪と罰』も未完ですね。ただし、多くの方からその後の展開については語られています。
私はドストエフスキーの作品では、『悪霊』『未成年』『白痴』『死の家の記録』を読んでいます。
私にはやっぱり『悪霊』が一番の読み応えがありました。今でも、何度もあの内容を思い出しています。
私がこの『カラマーゾフ兄弟』を読んだのは、1969年8月22、3日だと思いました。私が東大闘争でも府中刑務所から保釈で出てきてすぐのところでした。あの頃も電車の中で読んでいたものでした。
『悪霊』を読んだのは、よく70年の1月初め、私がまた別な事件で逮捕勾留された、埼玉県朝霞警察の留置場の中でした。あのときには、私は何人もの留置人に、私が接見禁止でも裁判所の許可を得て入れていた数々の本をみな貸してあげていましたが、この『悪霊』だけは、誰も読み込まれませんでした。
でも、この吉本さんの文章は大変に、いい内容です。でも私には、「これはちょっと違うんだけどなあ」というところもあります。
それはまた次に書きましょう。
東京新聞6月7日朝刊に吉本さんがドストエフスキーに関する意見 の4




























































































