2008年06月14日
周の雑読備忘録「柴木亮『木蓮の詩』」の2
でもこの作者は、どんな方なのかなあ。インターネットで「柴木亮 木蓮の詩」のどちらで検索しても出てこないのですね。いえ、もちろん今は私のこのサイトが出てきますが。
できたら、この小説が普通の本として本屋に並んでいることを私のこの目で見てみたい思いです。
でも小説としては長すぎるのかなあ。もちろん、もっと長い小説は、いくらでもたくさんあるわけですが、こうした無名の方の小説としては、長編すぎるのでしょうか。
私はパトリシア・コーンウェルの数々の小説も、ハリー・ポッターの小説も、近年の作品は前の作品にくらべて約2倍の長編なのですが、いつも冗長さを感じています。あれは、半分の長さにできないのかなあ。そうすれば面白く読んでいけるような気がするのです。
ただし、この『木蓮の詩』はそういうことを感じられません。この長編のままでないと私には困ってしまうように思われます。
いや、できたら、さらにこの物語は、この先の話もつくれるのではないか、なんて思っています。このあとの時代の話というのではなく、タカシの母親のカヨコのことも、もっと何かを抱えているような気がするのです。そうでないと、なぜタカシがヨンジャと結婚することに同意できないのかということも、実はその訳があるように思うのです。
いや、思えば、もっと大きな連作の世界が拡げられるように思うのです。そのような連作をもっと拡大して、さらにこの小説を書き続けてほしいと思いました。
写真は6月10日夕方の亀戸稲取神社への参道です。





















































































