2008年08月17日

吉本隆明鈔集「漱石は言語表現とモチーフを一致させて世界的な作品を書ける可能性を持った人だ」

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 明治以降の日本の小説として、『三四郎』は第一級の小説だといえますが、では世界的な意味でそういえるかというと、そこはちょっとためらわざるをえない。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』と比べて「いい小説」といえるかというと、どうもそこまでは言い切れない。それはなぜかといえば、言語表現が作品のモチーフと分離しているからです。だから、文学的に非常にいい小説作品を生んでいる西欧の先進国の人たちが『三四郎』を読んだ場合、「いい小説だ」という程度の読み方をされて、それで終わってしまうだろうなと思います。
 作家としての力量からいえば漱石は言語表現とモチーフを一致させて世界的な作品を書ける可能性を持った人だと思いますから、そこはちょっと残念なところです。
(「日本語のゆくえ」『第二章芸術的価値の問題』)

 漱石はよく読んできたつもりでいますし、『三四郎』もよく判っている思いでした。でも私が少しも届いていないのだということがここを読んで気が付かされたものでした。もう一度すべてを読み直す必要があるのだ、ということを痛切に感じています。



 写真は8月17日午前の王子駅中央口の飛鳥山側のお花です。


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