2008年08月22日
「周の漢詩入門」のことで
一つ前の「どれだけ豊富であるか」の続きです。
私の「周の漢詩入門」も大変です。
昔は、私が詩吟で学んでいた漢詩を思いだし、それを改めて読んで書いてみていましたが、今は、そうした詩ではなく(いや、昔詩吟で習っていた詩はほぼ終わりました)、日本人には、昔から慣れ親しんだろう詩を選んでいます。
そして詩の本文はいわば原文である旧漢字で書き、書き下し文は新漢字で書いています。でもこれが実に大変なのです。漢字の中には、インターネット上では表示されないものがいくつも出てくるのです。だから、私はそうした漢字の場合は、できるだけそれに近い字を当てるようにしています。でもこれが簡単なことではないのです。この「できるだけそれに近い字を当てる」というのが、もう実に大変なことなのです。
私は、文天祥の『正気の歌』を紹介したくて、実に長大な詩ですが、全文を書き出していまして、もう5年をすぎているでしょうか。あまりに、パソコン上、インターネット上では表示されない漢字が多すぎて、それを「できるだけそれに近い字を当てる」ということが、実に時間がかかってしまうのです。
私はあらゆる辞書、例えば国語辞典も英和辞書も、それに百科辞典も電話帳でも、もはやすべてインターネットで置き換えできます。だから、言ってしまえば、なくても少しも困りません。
でも漢和辞典だけは、どうしても必要です。漢詩で絶対に必要である平仄や韻は、インターネットでは調べようがないのです。漢和辞典で一字一字見ていくしかないのです。
そして「詩韻含英異動辯」がどうしても必要です。だが、今年の3月に、それを間違えて(いえ、他にもいくつも間違えて売ってしまいました。また苦労して探して購入するのでしょう)古書店に売ってしまったので、私の手元には、江戸時代の和本しかありません。だから、それをいつも繰っています。
思えば、古書店を歩きながら、欲しい本を見つけたときは嬉しいものです。でも、判っている本を必死に探しているのは、もうとってもくたびれます。
もう今ではすべて仕方のないことになってしまいました。





















































































