2008年09月08日
周の漢詩入門「高杉晋作『題焦心録後』」
激動の幕末期、天保十年(1839)〜慶應三年(1867)を生きた高杉晋作の詩です。
題焦心録後 焦心録後に題す
高杉晉作
内憂外患迫吾州 内憂外患(註1) 吾が州に迫る、
正是危急存亡秋 正に是れ 危急存亡の秋(とき)なり(註2)。
唯爲邦君爲邦國 唯だ邦君の為 邦国の為、
降彈名姓又何愁 降弾名姓(註3) 又何ぞ愁へん。
(註1)内憂外患 内からの心配と外からの災い。藩内の政争と対幕府関係の昏迷。
(註2)正是危急存亡秋 これは諸葛亮孔明の「出師表」の最初の「先帝業を創めてより未だ半ばならずして中道にして崩徂す。今天下三分して、益州疲弊す、此誠に危急存亡之秋なり。…」からとっています。
(註3)名姓 名誉と生命
「焦心録」を綴った後に書きとめる。
藩内の政争があり、幕府が長州に迫っている、
まさしくこれは危急存亡の時である。
我が主君のため、いや日本のために、
弾丸が雨の如く降り注ぐが、名誉も命も私は何も愁いてはいない。
幕末のあの時代は、実に大変な変動の時でした。その中で長州藩を大きく変革し、尊王攘夷から倒幕まで大きな役割を果たしたのが、この高杉晋作です。思えば、この詩句にも諸葛孔明の「出師表」が使われているように、自分を孔明にもなぞらえたものなのでしょうね。
写真は9月7日朝撮りました紀州神社。中に入り撮りました。





















































































