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 昨日の日経新聞の夕刊の1面の「ゴジラの卵めざめる――作曲家林光氏(あすへの話題)」というところで、頷いていたところがありました。

 仕事の行き帰り、五分なり十分なり時間が余ると、本屋でなにか買ってしまう。
 帰って読みはじめて、おもったよりつまらないとか、日本語が読みにくいとかでがっくり来ることも多い。
 若いころは、せっかく買ったのに勿体ないと意地を張って、無理して読み通そうとしてよけいがっくりしたものだ。
 ほんとうの勿体ないのは、そうやって無理して消費する時間のほうだと、三ページ目だろうと十ページ目だろうと放り出して売り払うように、今はしている。

 これはまったくその通りです。「せっかく買ったのに勿体ない」という思いは、私にもずいぶんあったものでしたが、今はもうなくなりました。もうつまらないと感じたら、すぐに読むのを止めています。
 でも、昔読んで(昔はつまらないと感じても、最後まで読みました)、ここに書かれているように、古書店に売り払ったものでした。でも、その売ってしまった本を、また購入していることもあるのですね。
 なんででしょうね。そしてそうした本のことは、ここでは羞しくて書けませんね。

 この写真も9月30日の午後6時代の、「千駄木『浅野』」での私の目の前です。