2008年11月09日
筑紫哲也さんが亡くなりました
私のパソコンでは常時livedoor ニュースの見出しのみが1行だけ出てくるようにしています。それで昨日朝8時少しすぎに、この 筑紫哲也さん死去 闘病1年半、壮絶肺がん全身転移(スポーツ報知) という文字列が載りました。
筑紫哲也さんが7日午後1時50分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。73歳。
私はこの方はどうしても好きになれない方でしたから、まったく評価できないどころか機会があれば貶していました。
以下の中で、私はこの筑紫哲也を以下のように書いたことがあります。
http://shomon.net/jokyo/jokyo20021.htm#021118 2002-11.18「週刊金曜日を絶対に許さない!」
私は以下のように書きました。
そして、「そろって結論はカメラを回し続ける」「二人はこれが自分たちの仕事だと譲りませんでした」というところを読むと、彼は誰かが(これは13歳の横田めぐみさんを思いうかべてください)拉致される現場にでくわしたとしたら、それをとめるのではなく、カメラを回すということなんですね。たとえ、13歳の少女が泣き叫んで助けを求めたとしても、彼はカメラを回しているのです。事実として、週刊金曜日は曽我ひとみさんが涙にくれるようにしむけただけなのです。被害者がどうなろうと、「事実の報道」こそが大事だというのです。
私はいつもこういう姿勢の筑紫さんを感じてきていました。だから私は許せないし、嫌いだったのです。
でもこうして亡くなりましたことを思いますと、やっぱり悲しい思いにもなります。
思い出せば、今から10年くらい前に、湯島にある蕎麦屋さんで友人と飲んでいたのですが、私たちの隣の席に筑紫さんが女性と一緒に飲んでいました。私たちも延々飲んでいましたが、彼らも長い間飲んでいたものでした。私は彼の声を聞くと、絶対に私が絡むようになるので、絶対に聞かないようにしていて、自分たちの会話ばかりに夢中になっていたものでした。
もう彼のことを私が貶すこともないのですね。
トラックバックURL
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
僕は筑紫さんがキャスターであったのはとても好きでした。
でも萩原さんのような意見を表明する人がいてほっとします。
筑紫さん自身もそう思っているでしょう。
でも、すみません
偶然人さらいの場に出くわすのと、戦争を報道するための仕事で戦場にいて報道するためにカメラを持つのを一緒にするのはちょっと違うのではないかと思います。戦場カメラマンがつかんだ秘密を漏らしたら、二度と現場での現実を伝える人が安全でいられなくなる。
人さらいや通り魔の現場でカメラを回し続けるのは仕事でないのは当然で、説明しなくてもいいんじゃないかと。
もちろんそんなことは萩原さんは分かって発言していると思いますけど。
ではまた飲みましょう。




























































































