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 ナミちゃんの家の庭には、この草があるようです。このUPがありました。

気持ちいいなぁ〜ヤッホォ〜・・っていいたいな。
ヤッホォ〜♪〜・・っていったらヤッホォ〜って戻ってくるかな〜☆

朝日を受けて・・ほうきくさちゃんが輝いている。
頬をすっかり赤らめてまっかっかっかぁ〜♪〜
・・可愛いよ・・きれいだよ。

そんなあなた達が健気です

 本当にこのほうき草というのは、まっかですね。私はこんな草を見たことがないので、写真で見ていてもなんだか不思儀なものを見ている感じです。
 でもナミちゃんの今回のUPには、さらに書いてあります。

色々なことが慌しく過ぎた今頃の時期に・・
父のお墓参りに来てくださった父の友達・・。
その方と母と私の三人でお墓参りにいきました。

 ちょっぴり、なんだろうかな…少し不安な気持も少し抱きました。でもでも読んで行きまして、とてもいい思いを受けました。
 最後に次で、もうただ頷きます。

こんな穏やかな日は気持ちもこころなしか・・癒されます。

 私の母は大正6年生まれでしたから、日本橋で働いていたのは、昭和10〜15年くらいかなあ。そのときの同じ職場だった同僚の方とお会いしました。その方とたしか1993年くらいに原宿駅前で母と3人で待ち合わせて、『南国酒家』で食事しました。彼は戦国時代のある英雄の子孫だということで、苗字は同じで、たしかに色が白くて背が高くて、その武将に似た実にいい顔をしていました。この一族は江戸時代には全国に三家に別れていたということです(これは私の知識です)。
 母は50年ぶりくらいの再会だったのでしょう。彼は、母のことを「たかちゃん」と呼んでいました(私の母はたか子という名前です)。昔の職場の思い出を二人で話していました。
 私の前で、二人はいろんなことを話していました。でも二人は、あの戦争があったことも忘れてはいませんでした。彼は私の父のこともよく知っていました。
 そして店の前で別れました。母はそのあと「もう会えることもないんだろうね」とだけ小さな声でいいました。私は、「そんなことないよ。だってあんなにお元気じゃないの」といいましたが、実際には母の言う通りでした。

 この画像は、昔私の妻が高山で手に入れた合掌造りのお土産です(と思い込んでいました)。