2008年11月22日
周の雑読備忘録「『図書新聞第2896号』」
新聞名 図書新聞第2896号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年11月29日
読了日 2008年11月22日
最初、この新聞を手にとりまして、まだ帯封のままこの一面の見出しをみていました。この見出しの文字に、少し嫌だなという思いになりました。
土屋公献著『弁護士魂』を読む 日本国家の戦争責任・重慶大爆撃を糺す
斎藤貴男さんは、私は以下に書いていますが、
http://shomon.net/manga/mahanasi1.htm#020805 「あしたのジョー」のことで
彼の「夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎」は実に感激して読んでいた思いがありました。そのあと、『源泉徴収と年末調整――納税者の意識を変えられるか』(中公新書)は、普通に読みましたが、『カルト資本主義――オカルトが支配する日本の企業社会』(文春文庫)で、もはや読むのが嫌になったものでした。
だから、今回もまた、「別にそんなのは読みたくないんだよな」なんて口の中で呟きながら、読んで行ったものでした。
でもこの土屋公献のお話は、私は安田好弘弁護士のことで、土屋さん自身に直接お話を聞いたことがありますが、私は大変に好感を持っていたものでした。
「娘も立派な中年のオバサンになったので、もうお話ししてもいいだろう。彼女がまだ子どもだった頃、もしも誰かに命を奪われるようなことがあったら、私は私の責任において、犯人を必ずこの手で叩き殺してやると誓っていた。
一方で、しかし、私は死刑制度には断じて反対する。それとこれとは違うのだ。国家に人間の命を差配する権限など与えてはいけない」
このことは私もまったく同じ思いです。自分の二人の娘のことを、これと同じに思えない親がいるなんて私にはまったく思えません。
そして次を読みまして、また私はこの土屋さんへの尊敬の気持がわきあがりました。
一九六三年の吉展ちゃん誘拐殺人事件でも小原保被告の弁護に立って、彼の不幸な生い立ちや、気の弱い善人の偶発的な犯行であったことを切々と訴えた。
幼児を殺した犯人への憎しみは、むしろ人一倍に強かった。世間には怨嗟の声を浴びせられ、嫁いでいった姉からは肩身が狭いと懇願される。
それでも、弁護を求める人がいれば引き受けなければならないのが弁護士なのだと、土屋は書く。死刑判決が言い渡されたその日のうちに、彼はそして吉展ちゃんの両親を訪ね、小原の弁護をしたことに深々と頭を下げて、霊前にお焼香をしたのである。
私はこの新聞での、最初の見出しの「日本国家の戦争責任・重慶大爆撃を糺す」を見て、この著者には、嫌だなという思いが湧きあがりました。
でもその私の思いは、次を読んで、「ああ、俺自身が判っていないのだなあ」というふうに変化したものです。
土屋は戦後補償の問題にも積極的に関わってきた。従軍慰安婦や七三一部隊、重慶大爆撃をめぐって韓国人や中国人が日本政府を相手に起こした裁判などを多く手がけている。戦争犯罪の責任を国としてきちんと清算できない限り、日本の明るい未来はあり得ないと考えているからだ。
特に重慶大爆撃について述べられた文章を引いておきたい。ドイツがスペイン・ゲルニカの、英国がドイツ・ドレスデンのそれぞれ無差別爆撃の被害者に対して謝罪した事実に触れて、〈日本政府だけが隠蔽体質を持ち続け、原爆や空爆など自国の被害は唱えても、国際法違反の加害行為には頬かむりするという自己中心の姿勢に終始している。この鉄面皮ともいうべき日本政府の姿勢に対し、良心ある日本人は強い憤りをおぼえると同時に、恥ずかしさに堪えることができない。
ドイツと英国が、自分たちのやった無差別爆撃の被害者に対して謝罪していたことは、私は知りませんでした。私のいわば羞ですね。
私は、米国、ソ連、中国がそれぞれ、ひどい戦争犯罪をおこなっていて、それをまったく反省していないことを、実に不愉快であり、それを攻撃してきていました。でもこの日本も同罪ではないですか。
とにかく、この土屋公献さんの本は必ず読みます。





























































































