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 曹丕の詩です。「上留田」をどう訳してみたらいいのだと悩みまして、平凡社の「憂愁のうた 漢〜六朝」の『貧乏な男のうた』の訳をそのまま使いました。
 やはり、曹丕という英雄は凄いものを持っていますね。おそらく、曹植では、このような詩は作れなかったでしょう。

    留田   曹丕
  居世一何不同 上留田 世に居(あ)る 一に何ぞ同じからざる 上留田
  富人食稲與粱 上留田 富人は稲と粱(おおあわ)を食い 上留田
  貧子食糟與糠 上留田 貧子は糟(かす)と糠(ぬか)を食い 上留田
  貧賤亦何傷 上留田 貧賤なるも亦た何ぞ傷ましきや 上留田
  禄命懸在蒼天 上留田 禄命(註1) 懸りて蒼天に在り 上留田
  今爾歎息将欲誰怨 上留田 今爾(なんじ)歎息し 将に誰をか怨まんとす 上留田

  (註1)禄命(ろくめい) 人の運命。貧富・貴賤などの運命

  世の中 みんな同じじゃないか アアー エイヤサッサ
  金持ちは 稲と粱を食い アアー エイヤサッサ
  貧乏人は 糟と糠を食う アアー エイヤサッサ
  貧乏だとて 貧乏はつらいな アアー エイヤサッサ
  運はもともと 蒼い天がきめるもの アアー エイヤサッサ
  今君は溜息ついた 誰のせいだというんだ アアー エイヤサッサ

 最後の句も、私に言われている気がしました。「今爾歎息将欲誰怨」。そうです、一体誰のせいだというのでしょうか? 自分でやり抜くしかないのです。それを何度も自分に確認されています。
 やはり、曹丕は私に曹植とは違った思いを抱かせてくれます。曹丕は、何もこちらを向いてはいませんが、私はただただこの詩も読んで、また自分の思いを新たにしていきます。

 写真は15日の長女宅へ行ったときに、私のポケットに入っていて、翌日返し忘れたミニカーです。