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『県立高の校則などに「携帯禁止」明記へ…埼玉県方針』目森さんから、トラックバックを受けていました。

 これを読みましたときの、なんだかものすごく感激しましたが、すぐに私の思いを書くのが私には難しくて今になってしまいました。
 それは私では言い切れなかったふがいない思いなのです。
 そのことは目森さんが明確に次のように言ってくれています。

 携帯電話の禁止というやり方は、問題をすり替えているだけですし、対応する気持ちがない事の現れとしか思えません。

 携帯電話が悪いのではないのです。数十年続いている問題に、何ら対策がとれない公教育のだらしなさの問題なのです。
 文部省をはじめ、教育関係者には、問題の解決能力がないのです。

 この前に目森さんが、彼の友人の話をしてくれています。

 知人の子供が公立中学の生徒会に参加し、友達2人と3人で頑張った。
 その3人に、ネットで誹謗中傷の書き込みが行われた、そして、2人が自殺し、知人の子はカウンセリングに通わねばならない状態となった。
 家族の味わった苦しみは筆舌につくしがたい。
 学校の鈍感な対応に失望した知人は、下の子を私立に入れた。

 これは実に大変なことです。そして各教育の現場も各マスコミ等々も、みな「ネットがよくない、問題なんだ!」としてしまっているだけです。
 私もプロフというものをやったことがありますが、でもあまりに魅力を感じませんでしたので、今はやっていません。
 でも多くの子どもたちは、そこでもトラブル、「いじめ」で悩んでしまうみたいですね。でもケータイを禁止して、それでもプロフもインターネットもなくなりはしません。そしてそうしたトラブルや「いじめ」は大昔からありました。そうしたものに動じない、負けない子どもたちにしていかないとならないはずなのです。

 文部省や教育関係者は、社会の期待に反して、子供よりも、自分たちの利害を守ろうとしているだけです。
 彼らは、学校という密室に子供を集めて、専制君主をやっているうちに、おかしくなってしまった年寄りたちです。
 すぐに禁止を言い出すのは、そういう事です。

 それから、問題の取り組みに手がつけられ、始まり、結果が出て・・・となると、10年ではすまないでしょう。
 若い教員たちがやる気をなくし、精神的に荒廃するのに十分な時間です。
 それでもやる気をなくさない、腹の据わった人たちが、問題に取り組む事を願っています。

 私もたくさんの若い教員たちを信じています。もちろん、私の孫たちを不当にいじめたりする奴がいたら、私はじいじとして敢然と闘います。じいじは頑張るよ。

 写真は、19日午後4時少し過ぎた時間の、この家の玄関からの景色です。