41d5c6f4.jpg

 曹丕の「芙蓉池」という詩を見てみました。
 実は私には、この詩が難しいのです。漢和辞典を引いていまして、大変に時間がかかりました。いやこれはこの時代が、神仙思想というものがかなりはびこり、曹丕もこんなことまでいうのだと私は驚いていたものです。

   芙蓉池   曹丕
  乗輦夜行游 輦(註1)に乗りて 夜行きて遊び
  逍遥歩西園 逍遥(註2)して 西園を歩む
  雙渠相漑灌 双渠(註3) 相(あい)漑灌(註4)し
  嘉木繞通川 嘉木(註5) 通川を繞(めぐ)る
  卑枝払羽蓋 卑(ひく)き枝は 羽蓋(註6)を払い
  脩条摩蒼天 脩(註7) き条((註8)は 蒼天を摩(こす)る
  驚風扶輪轂 驚風(註9)は 輪轂(註10)を扶(たす)け
  飛鳥翔我前 飛鳥は我が前を翔ける
  丹霞夾名月 丹霞(註11)は 名月を夾み
  華星出雲間 華星(註12)は 雲間より出づ
  上天垂光彩 上天は 光彩を垂れ
  五色一何鮮 五色(註13) 一に何ぞ鮮やかなる
  寿命非松喬 寿命は 松喬(註14)に非ず
  誰能得神仙 誰か能く 神仙たるを得ん
  遨游快心意 遨遊(註15)して 心意を快くし
  保己終百年 己を保ちて 百年を終えん

  (註1) 輦(れん) てぐるま、人の引く車
  (註2) 逍遥(しょうよう) きままに歩く
  (註3)雙渠(そうきょ) 二つの溝
  (註4)漑灌(がいかん) 水の流れ
   (註5) 嘉木(かぼく) よい美しいな木
  (註6)羽蓋(うがい) 羽の蓋
  (註7)脩(なが) 長い
  (註8)条(えだ) 枝 こえだ
  (註9)驚風(きょうふう) はげしい風
  (註10)輪轂(りんこく) 車の輪とこしき。轂は車輪の中心にあって、軸を貫いている部品
  (註11)丹霞(たんか) 赤いもや
  (註12)華星(かせい) 華やかな星
  (註13)五色(ごしき) 青・黄・赤・白・黒
  (註14)松喬(しょうきょう) 赤松子と王子喬という二人の不老不死の仙人
  (註15)遨遊 (ごうゆう) きままに遊ぶ

  車に乗って 夜行って遊んでいる、
  気ままに 西の園を歩いていく。
  二つの溝を ともに水の流れを渡り、
  美しい樹木を見て、川をめぐっている。
  ひくい枝で、羽の蓋を払い、
  長い枝で、蒼天をこすっている。
  激しい風が車をたすけて、
  飛ぶ鳥が 私の前を翔っている。
  丹い霞が、明月を夾んで、
  華かな星は、雲の間から出ている。
  上の空は、美しい光りを垂れ、
  五つの色は、一にこれだけ鮮やかなのだ。
  寿命は松喬の仙人にだけでなく、
  誰も神仙になることができる。
  きままに遊んで、気持を快くして、
  自分でやり抜いて、百年を生きよう。

 いえ、私の解釈はこれでいいのかは自信がありません。
 実は、私は学生時代、学生運動ばかりをやっていたわけではなく、専門は東洋史で、さらに卒論は中国の古代神話をやったものでした。
 でも当然東洋史の教授が私の担当になりますが、私は単なる呆れたほどの過激派です。そしてその先生は、モンゴル時代の東西交流史が専門で、私のやっていることは全然判りません。
 私は、いろいろと読み進みまして、中国の三皇五帝の時代を、どうその後の時代がつかんだのかということを調べていきました。
 漢の時代がいわばすべての、古代中国の歴史が判っていくわけですが、この後漢三国の時代に、私は判らないことなります。私はもちろん、孔子のことは、好きにもなれませんでしたが、黄老の考え方こそが嫌いでした。孔孟もよくないけれど、老子も荘子も良くないよなあ、とばかり思っていました。でもその頃読んだ本は、戦後できた2期国立大学の埼玉大学では、私が始めて読んだ本で(あの頃はそういうことが判るのです)、その後も今に至っても誰も読んでいないだろうという本です。
 でもでも、この三国志の時代は、やはりあのような思想が注目されたいたのですね。この曹丕の詩を読んで、まったく判らないから、時間がかかりましたが、でも曹丕もそうなんだ、という思いで、少しだけ、さみしい気持にもなりました。
 いや、もちろん、私は自分の食事の時間、もちろん酒を飲んでいるわけですが、私は曹丕の思いが少しも判っていなかったことが寂しいです。悔しい思いです。

 写真は12月31日午前11時10分です。草月黒松の店の前のガラスケースです。