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 少し妻のところへはゆっくり出かけました。前日帰ってすぐに洗濯した寝巻が乾かなかったからでもありました。でも遅くなってもどうしても乾かない。だから、義母の寝巻きを借りていきましたものです。

009/05/03 10:01今王子駅で乗りました。
 妻への手紙で、きょうは曹丕の詩を3つ紹介しました。そうなると、明日は曹植の詩ですね。そうすると何を紹介しようかな。一つはもう決まっていますが、あとはどうしょうかな。
 うーん、私は三曹のことを考えると、いつも同じことを思います。私はこの三曹の詩がどれも好きで、そしていつもその詩を読んで、自分に言っています。私は、曹丕の詩を読んではいつも、「やっぱり、曹丕のほうが弟よりいい詩を書いているんじゃにかなあ」と思います。でもでも曹植の詩を読むとまた「やっぱり曹植は天才だなあ。兄貴の少し悔しい気持も判るなあ」となるのです。
 そして私はまた曹操の詩を読んで声をあげているのです。それを何回私は繰り返していることでしょうか。何度も、同じことを私は繰り返して思い浮かべているのです。
2009/05/03 10:26今つくばエクスプレスに乗りました。
 さきほど、柳田公園を歩きながら、私は曹植の詩を思い浮かべていました。私の脳裏だけでは、「曹植の詩はいいけれど、曹丕のほうがさまざまな工夫があるんだよなあ」と考えていました。でも実際に詩を目の前にすると違う思いになるのですね。
 いえ、ようするに私は曹植の詩は歩きながらでも詩句が浮かんでくるのです。曹植は詩句を思い出すのは少々辛すぎるのです。思えば彼の生涯がそんなに辛い生涯だったのでしょうね。曹植の詩は辛い彼の生涯ばかりが思い浮かんできます。でも曹丕は違うのですね。偉大な政治家でもありましたが、また詩人としても実にさまざまなことを書いています。彼はこう考えていたに違いありません。「俺は詩人としては、弟の足下にも及ばないが、でもでもこうしてさまざまに詩を作ってもみるのだ」と。
 昨日妻への手紙で書きました「燕歌行」も、実にあの時代に曹丕は七言詩を作っているのです。これは唐の時代より、実に500年以上前のことですよ。
 今頭の中だけで反芻する曹植の詩はただただ辛すぎます。
2009/05/03 10:55今は柏キャンバス駅でバスを待っています。まだ時間がかなりあります。
2009/05/03 11:00でももうバスには乗りました。でも出発は5分になります。もうこれでここに来るのは6日目です。だから思えば私の妻への手紙もきょうで5通目になるのです。もうきょうは長女おはぎが来てくれます。長女と会えるのも嬉しいことです。
2009/05/03 13:43今ママとおはぎと9Fのレストランに来ています。昨日は義弟の家族と一緒でしたが、きょうはママと長女です。だから、きょうは義弟と甥にも手紙を書こう。
 ポコ汰とポニョに会いたいなあ、と思ってばかりいます。さて、もう二人の孫の話を聞いていますが、でも保育園のいいお話を聞いています。
 うちの二人の孫は、食べることと眠ることが大好きなのです。そんな二人の話を聞いているじいじの私はもう実に嬉しいことばかりです。
2009/05/03 14:17おはぎから。ちょっといいことを、いいお話を今聞いています。
2009/05/03 19:35馬鹿毛唐もいるんだなあ、とあきれています。毛唐はこんなもんなんですね。
2009/05/03 19:37あ、でも上中里でした。

 帰りは午後5時を過ぎるので、千駄木「浅野」に飲みに行きました。「アラスアラサン」で次女ブルータスへのプレゼントを買いまして、そのあと千駄木根津谷中を歩きました。連休だし、テレビがどの局でも、ここの地域を特集しているせいか、もうたくさんの方が歩かれていました。「浅野」も昼の定食が60人のお客で大変だったようです。

 写真は4月30日午後5時14分。谷中の街中です。この壁の前で絵を描いている方がいました。