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 吉本(吉本隆明)さんのいう「アフリカ的段階」というのは、「共同幻想論」で展開された中で、「アジア的段階」の前に想定される歴史的段階のことです(ただし、「共同幻想論」では、この「アジア的段階」ということでの展開はありません、だよな、というかもう自信がありません)。
 この「アフリカ的」というのは、三木成郎さんを吉本さんが知ってから、言い出されたことだと思います。人間は動物ではあるわけですが、人間の中に植物的と言われるものがあるということを三木さんの言われることで、判りまして、それでこの「アフリカ的」ということを言われたのだと思います。
 ヨーロッパにおいて、「アジア的段階」というのはいつなのか? それはヨーロッパが封建社会から市民革命を経て資本主義社会に入っていくわけですが、その封建社会の前がアジア的段階です。というと、ギリシアの都市国家がアジア的社会の次の古典古代であり、ギリシアに破れたペルシアがアジア的社会だったのかなあ。
 ギリシアだとミケーネ文明社会がアジア的段階の社会だったと思われます。
 吉本さんがソルジェニーティン「収容所群島」のいくつかの箇所を引用して、ソビエト連邦のアジア的なもの(それはほとんど収容所内の出来事で)を書かれていました。それは実に納得できたものでした。
 それで、でも肝心のアジアではどうなんだというと、中国では、宋の時代以降は封建社会と言えるのかなあ(ここで、私みたいな人が、孔子が周国の時代の封建時代を誉めているのですが、そういうことを言い出すと、混乱しますから、私は言い出さないようにしてください)。
 それでこの日本はというと、これまた大変です。鎌倉時代を定義するのも、安土桃山時代を定義するのも大変です。この日本では、弥生式時代からアジア的段階と言えるのではないかなあ。
 それで肝心の「アフリカ的段階」なのですが、この日本では、縄文式時代があたるのではないかということだと思うのです。そしてこの日本に置いては、沖縄を中心とする南島がそのアフリカ的段階なのだということで(このアフリカ的とかアジア的とかいうのは歴史的段階のことで、どちらがどう進んでいる、進歩しているということではありません)、だからこのことで、沖縄の問題(米軍に占拠されていたこと)は考えられるのではないかということだったと思います。

 私は判っていないと言えるようなことなのですが、まずここまで書きます。

  「アフリカ的段階について」の2 に続く

 この写真は9月5日の午後4時28分。私の住んでいるマンションの私の階の家までの通路。今は大規模な工事中なのです。