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 あのときから、もう50年も経ったのだと驚いてしまいます。私はちょうど名古屋市北区大曽根に住んでいました。この記事で、松原さんが語られています。

 南区出身で、中学3年の時に伊勢湾台風を経験した女優の松原智恵子さんは、「『水が来た』という父の声がした直後、水が押し寄せてきた。真っ暗で、家族とじっとしていることしかできなかった」と当時の体験を語った。

 この日は、私たちは、何もしないで、ただテレビを見ていたものでした。ただ、外の犬小屋で飼っていた秋田犬の剣光号がこの日だけは、私たちの家の中に入りたがり、2Fへ上がってきていました。そのとき、雌犬の秀峰姫と、コッカスパニュールのベアとケリという犬は、庭の自分の小屋に入れていました。思えば怖かったことでしょうね。
 そのうちに、すごい風が来て、窓の大きなガラスは割れ、でもまだ父は、その窓を何かで防ごうとしていました。そのときに、横浜の叔父が電話してきたのを覚えています。父が、「今台風で大変なんだ」と叫んでいたのを覚えています。そのうちに、灯りも消え、電気も一切使えなくなります。そして私たち5人家族は1Fの台所と食事する部屋に逃げ込みました。私は犬の剣光号と抱き合って眠ったのを覚えています。
 剣光号という犬は、よくできた犬で、人間の部屋に上がり込んだり絶対にしない犬でしたが、この日は特別でした。だって外では風がうなりをあげていて、もうすべてが壊れる凄まじい音がしていました。
 思えば、剣光号以外の犬たちは、もう怖くてたまらなかったでしょうね。今になって思えば、みんな部屋の中に入れてあげればよかった。要するに、あの頃の私たちには、台風への知識なんかなかったし、テレビも新聞もたいした報道はしなかったのです。
 でもでもその2年前の昭和33年には狩野川台風が、昭和29年には洞爺丸台風が、この同じ9月26日に来ているのですね。そして私たちは、昭和29年の洞爺丸台風には札幌で実に恐怖感を味わっていたのでした。
 この台風では、1851人の方が犠牲になっていたのですね。今強く手を合わせ合掌しました。(佐藤隆家)

 この写真は9月26日の午前9時35分です。高崎線の踏切です。