2009年10月29日

周の雑読備忘録「『図書新聞第2939号』」

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 前々からそうでしたが、もう私なんかは普通に新聞を開いて読むよりは、インターネット上で読んだほうが実に簡単なようです。

新聞名 図書新聞第2939号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 2009年10月31日
読了日 2009年10月24日

 一面が以下が書かれていました。

評者◆田中優子
遊郭と歌舞伎が手をたずさえながら江戸文化を創り上げる――活気が、飛び出す絵本のように「見えてくる」「聞こえてくる」

 これは「渡辺保『江戸演劇史』(上)(下)」の書評です。私は新聞紙面では読めない思いでしたが、ホームページ上ではよく読めるのです。
 以下は、ここで初めて知りました。

 従来は、お国の傾き踊りが遊女歌舞伎になり、それが禁止されて若衆歌舞伎に変わり、若衆歌舞伎が禁止になって野郎歌舞伎になった、と解説されてきた。私もそう思っていた。しかし実際は違うという。お国の「歌舞妓踊」はすぐに若衆歌舞伎、女歌舞伎、遊女歌舞伎を生み出したのであって、それらは一挙に出現したのだ。この同時性が、母体としてのお国傾きのすごさを物語っている。

 以下も初めて知りました。

 一六一〇年に、加藤清正は名古屋城築城の巨石を引くために、石に金襴どんすの布をかけ、歌舞伎の美少年を揃えて音頭をとらせた、という。

 もちろん、名古屋城の巨石を清正がやったことは知っていましたが、歌舞伎の少年を使ったことは今回初めて知りました。
 また以下も大きなこととして知ったものでした。

 一七四九年二月、新吉原仲之町に初めて桜の木が植えられた。吉原の桜は、咲く時期に植木屋が運んできて植え、散った後に抜いて持って帰るのである。それがこの年から始まったのだ。この時から吉原は桜の名所となった。

 吉原は、随分前に歌舞伎の好きな方たち(女性たちが多かった)と歩いたことがあります。そのときの街をずっと思い出していました。

 以下もいつもの通り、ここの書いてある本を読んでみます。

評者◆秋竜山 他人事の笑い、の巻
野口恵子『バカ丁寧化する日本語――敬語コミュニケーションの行方』(光文社新書、本体七六〇円)。

 以下サイト限定情報です。

評者◆杉本真維子 トザンさん、あるいは風船ときゅうりのこと

 これが、いわばつまらない話かなと思っていましたが、でもでも私のは大変に面白い内容でした。



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