この作品を思い出そうとしたのですが、そして青空文庫で読んでみまして、作品の中に

この湖畔の呉王廟は、三国時代の呉の将軍甘寧(かんねい)を呉王と尊称し、之を水路の守護神としてあがめ祀(まつ)っているもので…

という文で、この甘寧を思い出し、そしてまた太宰治の『惜別』を読んで、これを最後まで読み、私はまた涙を浮かべていました。
 もちろん、魯迅の『藤野先生』もインターネット上で読みました。竹内好の訳したものです。これも読んでまた涙がでました。藤野先生は、魯迅が帰るときに(魯迅は先生には、帰国するとは言っていません)、自分の写真の裏に「惜別」と書いて渡すのですね。これが太宰の小説の題名になるわけです。
 それにしても、この『竹青』も実に太宰治らしい作品です。このカラスの女性の竹青が最後人間になってしまい、そして主人公魚容の妻の顔になってしまうのは、あまりに太宰治がやりすぎだよなあ、とも思ってしまうわけですが、でもでもやっぱりこれでいいです。
 なんだか、太宰治に感心してばかりいる私がいます。