ちょうど1年前の1月のことでしたが、私は私の従兄弟のお葬式へ行っていました。私の母の兄の長男です。彼の身体の具合が思わしくなく、一昨年の3月に、私の兄と弟と3人で、弟の運転する車で訪れたものでした。
 思えば、私が最初に会ったのは(いえ、たぶん赤ちゃんのときにも会っているのでしょうが)、札幌から名古屋に引越しするときの小学校2年の3学期のときでした。その後は夏休みに何度か会っています。
 私が大学へ入って北浦和に下宿するときにも、車で手伝ってくれました。思えば、あのときは私の持っている本で私の傾向が判ったかもしれませんね。「なんだか、反日共系のような本もあるが、どう見ても右翼のような本もあるな」と感じたことでしょう。
 私が広告の制作会社にいたときにも私の作った制作物を手にして、「あ、でも周二はこれで何しているの? あ、でもそう聞いても、聞くほうが判っていないんだよな」なんて言っていたものです。
 でもずっと百姓を貫徹していました。でも実は県会議員も長く続けていました。自分の死を予測し、その予定を考えて明確に生活をしている人でした。
 葬式のときに、彼のいくつもの思いを思い出していました。
 もう私からは遠く遠く去って行きました。私の母とは会っていてくれるかなあ、なんて思っています。