私は魯迅についてはいくつかのことを書いてきたものです。『薬』という作品に関しては、実に感じることがあり、何度か書いてきました。この薬とは人間のいきぎものこと、人間の心臓のことなのです。これは実在した秋瑾の心臓を風邪を引いた男の子に食べさせるのです。もう何度読んでも、何度思い出して、とても辛い小説です。

 http://shomon.net/hon/rozin1.htm#rozinkusu 薬

 でも実は、私は『狂人日記』のほうが私にはすさまじい迫力なのです。ただ、そのことは書けませんでした。「人間が同じ人間を食う」という話は私は書けませんでした。この小説の主人公も「人間が同じ人間を食う」ということで、それが妄想であるということで、狂人と言われているのです。でもこの狂人は、自分の兄も自分を食うのではないかと恐れ、でもさらに実はもう自分もすでに誰かを食っていたのではないかと恐れます。そして彼は、「でもまだ小さい子どもは人間を食っていないのではないか」と思うことで、最後に「子どもを救え」と言っています。読んでいる私たちも少しほっとします。
 でもこの魯迅の書いている恐れ「人間が人間を食う」ということは、実は本当のことでした。実は中国には人肉の料理本もあります。こんなことは他の国では考えられないことです。絶対に他の国、他の民族ではないことであるわけです。
 我が日本では、羽柴秀吉の中国地方の三木城を包囲して兵糧攻めをしたときに、このことがあったと言われています。そしてそれは記録にあります。秀吉は勝利したのち、たくさんの粥を用意したと言われています。また、「武田泰淳『ひかりごけ』」でも戦時中に実際にひかりごけ事件という船の中での食人事件を描いています。
 思い出せば、「パールバック『大地』」でも、息子の軍人が戦争で包囲した相手の砦の中での、この食人のことが書いてあります。このシーンも私はパールバックがよくそのまま描いたものだなあ、と思うばかりです。
 だが、日本ではまったく例外的な恐ろしいこととしてわずかに記されているだけですが、中国の歴史書では、包囲されたところで、あるいはひどい食料事情のときに、「互いに相食(は)む」ということは、実によく書かれているものです。
 このことは、実によく中国では書かれていることですが、この日本にはそのことは少しも伝播しなかったものだなあ、と思い私は少しは安堵するものです。
 私は魯迅に関しては、中学2年のときに、竹内好訳の『阿Q正伝・狂人日記』を読み、その後高校生のときも読み直し、そして大学でも読みましたが、よく判りませんでした。だが、大学5年の頃、やっとその内容が少しずつ判っていったものでした。もうどんなに凄まじい作品ばかりだと思ったものです。
 私は大学3年の夏の終わりに、東大闘争で保釈出所し、そしてまた12月に芝浦工大事件でまた逮捕されました。だが翌年の3月に出所したものでした。この大学4年のときに、早稲田大学の授業を黙って聴講していたのですが、それは新島淳良という先生の授業で、この魯迅の授業を聞いていたものでした。その魯迅の講義の中で、あるときに中国人の留学生の女性が、この『狂人日記』の授業のあと、「先生のきょうの授業はおかしい」という意見質問があったそうです。先生は、「またあとの授業で答えます」と言って、でもその女性はそれっきりになって答えられなかったと言っていました。
 この人が、そのあと、2年後のむつめ祭(埼玉大学の学園祭)に呼んだときに、私は是非ともこの「魯迅『薬』」に関する話を願ったものでした。
 その後、この先生はだんだん、私から見てもおかしな転回をしてしまいましたが、この人の魯迅に関する話はいいなあ、と思っていたものです。
 でもでも、その先生でも『狂人日記』の「人間が同じ人間を食う」話は解説できなかったものだなあ、と私は思っているのです。