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 鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れる に次のように書いていまいした。

だからこの銀杏の元に行きましたのは、私の長女が大学に入った1992年の3月のことです。

 それでこのときのことを思い出しました。それでどこかに書いてあるなと思い、インターネットで検索してみました。そうしましたら、私のメルマガの第361号のバックナンバーの以下に

書 名 鎌倉感じる&わかるガイド
著 者 岡田寿彦 関戸勇

以下のようにありました。

 与謝野晶子のこの鎌倉の大仏を歌ったのは以下です。

   鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は
    美男におわす夏木立かな

 いい歌だと思いました。昨年行ったときにも、そう思いました。これは1905年に刊行された歌集「恋衣」に収録されました。
 でも、「釈迦」は男性で、「釈迦牟尼」ですと女性ですから、その前の美男とは合いません。そしてあの大仏は阿弥陀仏であり、釈迦牟尼では間違いなのです。この指摘で、与謝野晶子は困ったはずです。
 以下のようにも歌っていたようです。

   鎌倉や銅(かね)にはあれど御仏は
    美男におわす夏木立かな

 もうすいぶん前に、妻と長女と母を鎌倉に連れて行ったときに(どうしてか次女は用があり、いませんでした)、この大仏の裏で、たくさんのリスがいて、何匹もが私の足から身体に登ってきます。
 長女おはぎが、「どうしてパパにだけ、あんなにリスが登るの?」と言いました。私の母が応えました。「周二はいつもそうなんだよ。小さいときから、いろんな動物に好かれているんだよ」と説明してくれていたものです。

 あのときの私の母と長女の会話をはるかに思い出しました。そしてそのときのリスたちが懐かしいです。今度は、一年後か二年後に、そのときは3人の孫(長女おはぎの子ども)と次女ブルータスを連れて(もちろん、それぞれの彼も一緒に)、この大仏の裏で、与謝野晶子の碑を見て、そしてまた何匹ものリスが私の足から脚、身体に登る様を孫たちに見せたいです。「どうだ、じいじはすごいだろう」というのですね。