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 私は一昨日夕方長女の家に向かっていました。王子駅前の東武から都電と並行に歩いていました。東武から、5人の親子連れも歩いています。だが、一人の男の子はみんなから遅れて歩いています。お母さんがその子に、早く来いと声をかけます。でも男の子は少しふてくされています。
 ちょうど石神井川の小さな橋を渡るときです。それは王子桜橋でした。その家族の一番上のおばあさん(と言っても50歳くらいの若いおばあさんです)が、その橋の下を泳いでいる錦鯉を見て、「えっ、あれはクジラ?」と声を出します。私はいささか驚きました。その息子であろう(と思います)は、呆れています。
 でもそこから、私の想像が始まります。

 息子は、もう仕方ないなあというように声をかけます。「こんなところにクジラがいるわけないだろう。クジラはNHKの坂本龍馬の時代にみんなとっちゃったんだよ」。ばあばは「ふーん」と感心します。妻は、「おばあちゃんは、情けないけれど、私の亭主は知識があるわ!」。そこでやはり、息子はふてくされて離れて歩いています。「うちの家族はばかばっかりだなあ。こんなところにクジラがいるわけないだろう。ああ、トロツキーは何故スタリーンに勝てなかったのだろうか?」
 こうした馬鹿な親子3代を私は目の前にして、「ああ、なんという馬鹿だろうか。そもそもトロツキーではなく、シモーネ・ヴェイユの嘆きこそが大事なのだ」。
 ああ、もうはっきりしているのは、この3代の親子はみな馬鹿ですが、偉そうにそばで嘆いている私も大馬鹿なのです。もうただただ、こうして王子は馬鹿な光景が広がるだけです。

 でもいつも私は歩いていて、何も聞いていない顔をしていますが、実に馬鹿な会話を聞いていますよ。