10072107 きょう蜘蛛業の目森一喜さんと電話で話していました。それで私の故郷茨城の芸人赤いプルトニウムの話になりました。実は私はこの芸人の女性の大ファンなのです。
 彼女のサイトは、私のこのブログのサイドバーに置いてあります。
 そのときの目森さんとの会話で、私は私が日々読んでおります聖書のマタイ伝を私の故郷茨城弁の表現したら、どうなるかという話になりました。
 それで以下聖書を読んでみました。私はいつも日本聖書協会の文語訳の舊新約聖書を身近に置いて読んでいますが、でもとにかくマタイ伝を読むわけです。
 でもいつも読むのですが、今回はインターネット上で探しました。マタイ伝は、私の好きな吉本(吉本隆明)さんが、『マチウ書試論』を書かれていて、私の昔からの愛読書です。(マチウ書とは、新約聖書マタイ伝のフランス語訳のことです)。
 それでインターネットで以下見つけたものです。私はこの28章だけでも茨城弁にしたい思いでした。
 以下マタイ伝28章です。

「新約聖書」マタイ傅28章文語訳
  さて安息日をはりて、一週の初の日のほの明き頃、マグダラのマリヤと他のマリヤと墓を見んとて來りしに、視よ、大なる地震あり、これ主の使、天より降だり來りて、かの石を轉し退け、その上に坐したるなり。その状は電光のごとく輝き、その衣は雪のごとく白し。守の者ども彼を懼れたれば、戰きて死人の如くなりぬ。御使こたへて女たちに言ふ『なんぢら懼るな、我なんぢらが十字架につけられ給ひしイエスを尋ぬるを知る。此處には在さず、その言へる如く甦へり給へり。來りてその置かれ給ひし處を見よ。かつ速かに往きて、その弟子たちに「彼は死人の中より甦へり給へり。視よ、汝らに先だちてガリラヤに往き給ふ、彼處にて謁ゆるを得ん」と告げよ。視よ、汝らに之を告げたり』女たち懼と大なる歡喜とをもて、速かに墓を去り、弟子たちに知らせんとて走りゆく。視よ、イエス彼らに遇ひて『安かれ』と言ひ給ひたれば、進みゆき、御足を抱きて拜す。ここにイエス言ひたまふ『懼るな、往きて我が兄弟たちに、ガリラヤにゆき、彼處にて我を見るべきことを知らせよ』
 女たちの往きたるとき、視よ、番兵のうちの數人、都にいたり、凡て有りし事どもを祭司長らに告ぐ。祭司長ら、長老らと共に集りて相議り、兵卒どもに多くの銀を與へて言ふ、『なんぢら言へ「その弟子ら夜きたりて、我らの眠れる間に彼を盜めり」と。この事もし總督に聞えなば、我ら彼を宥めて汝らに憂なからしめん』彼ら銀をとりて言ひ含められたる如くしたれば、此の話ユダヤ人の中にひろまりて、今日に至れり。十一弟子たちガリラヤに往きて、イエスの命じ給ひし山にのぼり、遂に謁えて拜せり。されど疑ふ者もありき。イエス進みきたり、彼らに語りて言ひたまふ『我は天にても地にても一切の權を與へられたり。されば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖靈との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ。視よ、我は世の終まで常に汝らと偕に在るなり』

「新約聖書」マタイ伝28章口語訳
 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。すると、大きな地震が起こった。それは主の使いが天から下って、そこにきて石をわきにころがし、その上にすわったからである。その姿はいなずまのように輝き、その衣は雪のように真っ白であった。見張りをしていた人たちは、恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたは十字架にかかったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、もうここにおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。そして、急いで行って、弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう』。あなたがたに、これだけ言っておく」。そこで女たちは恐れながらも大喜びで、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスは彼らに出会って、「平安あれ」と言われたので、彼らは近寄りイエスのみ足をいだいて拝した。そのとき、イエスは彼らに言われた、「恐れることはない。行って兄弟たちに、ガリラヤに行け、そこでわたしと会えるであろう、と告げなさい」。
  女たちが行っている間に、番人のうちのある人々が都に帰って、いっさいの出来事を祭司長たちに話した。祭司長たちは長老たちと集まって協議をこらし、兵卒たちにたくさんの金を与えて言った、「『弟子たちが夜中にきて、われわれの寝ている間に彼を盗んだ』と言え。万一のことが総督の耳にはいっても、われわれが総督に説いて、あなたがたに迷惑が掛からないようにしよう」。そこで、彼らは金を受け取って、教えられたとおりにした。そしてこの話しは、今日に至るまでユダヤ人の間にひろまっている。さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行って、イエスが彼らに行くように命じられた山に登った。そして、イエスにあって拝した。しかし、疑う者もいた。イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

 それでこれを茨城弁に翻訳します。でも私では単に大変な苦労をして、時間ばかりかかるだけです。それでインターネット上で茨城弁翻訳ソフトを探してやってみました。
「昔、名古屋弁翻訳ソフトとか、大阪弁とかいろいろあったよな」という思いで、茨城弁翻訳ソフトもあるかなあ、と探したものです。
 それで以下を見つけました。

   http://www.castanea.jp/keyaki/dappe/ 茨城弁変換

 私が苦労して不正確なことをやるよりも、これがいいでしょう。ただし、作者は以下のように言っています。

また、「茨城弁」とはいっても、作者の出身地「水戸」周辺の方言を中心に組み立てています。ご容赦下さい。 今の水戸はこれほど訛りませんが...

 私の不正確なのよりもいいです。私は故郷が茨城だといいましても、生まれただけです。すぐに東京に引越しまして、そののち、秋田市、札幌市、名古屋市、鹿児島市、横浜市、千葉県我孫子市と引越しばかりしました。その他、浦和市、東京早稲田、千葉船橋、沖縄名護市等々にも住んだものです。今は東京の北区です。
 それでは上のソフトで変換しましたものが以下です。ただし、これは文字だけの変換です。実際に読む場合は、できるだけ品悪く、いい加減に、高く低く喋り続け、調子っぱずれで読むようにしてください。一人で読む場合は、笑うのは自分だけです。

「新約聖書」マタイ伝28章茨城弁訳
 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほがのマリヤとが、墓を見にきだ。するど、大きな地震が起こった。それは主の使いが天から下って、そごにきで石をわぎにころがし、その上にすわったがらだ。その姿はいなずまみだぐ輝き、その衣は雪みだぐ真っ白であった。見張りをしでいだ人たぢは、恐ろしさの余り震えあがって、死人みだぐなった。この御使は女たぢにむがって言った、「恐れるごどはねえ。あなだがたは十字架にかがったイエスを捜しでいるごどは、おらにわがっているが、もうごごにおらんねえ。かねで言われだどおりに、よみげえられだんだ。さあ、イエスが納められでいだ場所をごらんなせえ。そしで、急いで行って、弟子たぢにこう伝えなせえ、『イエスは死人ん中からよみげえられだ。見よ、あなだがたより先さガリラヤさ行かれる。そごでお会いできるであろう』。あなだがたに、これたけ言っておぐ」。そごで女たぢは恐れながんも大喜びで、急いで墓を立ち去り、弟子たぢに知らせるだめさ走って行った。するど、イエスは彼らさ出会って、「平安あれ」と言われだんで、彼らは近寄りイエスのみ足をいでえで拝した。そのどぎ、イエスは彼らに言われだ、「恐れるごどはねえ。行って兄弟たぢに、ガリラヤさ行け、そごでおらと会えるだっぺ、と告げなせえ」。
 女たぢが行っている間に、番人のうぢのある人々が都さ帰って、いっせえの出来事を祭司長たぢに話した。祭司長たぢは長老たぢど集まって協議をこらし、兵卒たぢにたぐさんの金を与えで言った、「『弟子たぢが夜中にきで、われわれの寝ている間に彼を盗んだ』と言え。万一のこどが総督の耳にはいっても、われわれが総督に説いて、あなだがたに迷惑が掛からねえようにしよう」。そごで、彼らは金を受け取って、教えられだどおりにした。そしでごの話しは、今日に至るまでユダヤ人の間にひろまってる。さて、十一人の弟子たぢはガリラヤさ行って、イエスが彼らさ行くように命じられだ山さ登った。そしで、イエスにあって拝した。んだげんど、疑う者もいだ。イエスは彼らに近づいできで言われだ、「おらあ、天においでも地においでも、いっせえの権威を授けられだ。それゆえに、あなだがたは行って、すべでの国民を弟子としで、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなだがたに命じでおいだいっせえのごどを守るように教えよ。見よ、おらあ世の終わりまで、いつもあなだがたど共にいるのである
」。

 さて、これでキリスト教徒の方怒らないでください。私だって、これを蜘蛛業の「コラムさとう」にUPするのでなく、自分のサイトにUPするのですから。