10101101 Re.生落花生小野クンから、次のコメントがありました。

1. Posted by オノくん   2010年10月10日 18:29
トラックバックありがとうございます。
その元社長ですが
携帯のメールですら返事の仕方がわからないということで
電話をかけてきます(笑)
ま、声の方がコミュニケーションとしては良いかもしれませんが。

ツイッターのタイムラインって
自分で選んで(フォローして)おきながら
風の便りのような舞い込み方でなにか新鮮ですね

自分とはまったく関係ないことなのに
タイムラインで
例えば
いま周さんが京浜東北線に乗っていてIS01に向かっていると
知ってしまう

必要でないことだから
なんとも嬉しい気分になります

 どうもありがとう。嬉しいです。あなたツイッターにはときどき返信しようとしたリツイートしようとしています(でもあんまりできていませんが)。
 IS01は常時身につけていますから、いつでもツイッターでもメールでもブログでも書けるのです。ツイッターは、ケータイでもパソコンでも同じにできるのがいいですね。ただし、ツイッターだけの文章では、できるだけ140字いっぱいに書くようにしています。なんとなくそうしないと面白くないように思うのですね。
 だから今は電車の中で本を読むのは、東京や秋葉原までではブログ等を書いています。鎌倉等へ行く時には、読書の時間でもあります。とにかく、一年に300冊を読むのには、必死に読まないとならないのですね。
 今は、「読書さとう」というのでも必死に書いています(何が必死って、要するに毎日書くのが必死なのです。内容はどうでもいいことですが)が、書くのは数分ですが、書く内容を何にするかに時間がかかります。とくに、「ニュースさとう」が何を書くのかは必死で時間がかかり大変です。あ、きょうはあと一つ書くのは「歴史さとう」でした。
 あ、私は手紙も書くのよ。今は一年で100通を超えるくらいですが、一昨年は600通を超えました。
 貴社の元社長が、「携帯のメールですら返事の仕方がわからないということ」というのは、本来は違うことだと思いますよ。彼もメールのほうが音声での会話よりも好きなはずです。
 吉本(吉本隆明)さんが、『言語にとって美とはなにか』で言われたように、指示表出と自己表出でこの言語は成り立っていると私は思っています(あの明確には、私が吉本隆明の言語論をこんなに言い切っては駄目です。いや私は言い切ってはいないのです)。そして、私たちには、書き言葉と話し言葉が大きなものとしてあるのだと思いますが、いわゆる私たち(日本人)には、「書き言葉」が占める割合が、(日本では)他の言語よりも大きいのだと思います。
 ここのところが、私なんかはスカイプで中国人や米国人と話しても、その会話することよりも、書き言葉が大きいのだと思っています。だからスカイプではメールはないので、同様にできるChatが隆盛になるのだと思うのですね。ツイッターも同じだと思います。
 欧文によるよりも、中国語の漢字ばかりよりも、日本語のほうがツイッターは便利なのですよ。
 私は娘や妻とも、どうしてもケータイで言葉よりもケータイメールでの文書による会話が実に多くなっています。このことが実に日本人の大きな特徴だと思うのですね。
 中国の人とスカイプでChatすると、杜甫の名前は知っていても李白は知らないよ。いわんや、詩句なんか出てきません。それが北京大学の先生だったり(女性の方でしたが)するのよ。驚いちゃうよね。
 これからもIS01ででも、おおいにツイッターもしていきます。鎌倉を歩いて、実朝のこともよく考えていきます。そして鎌倉でもまた一人でも飲んでいます。その場でもツイッターもしていきます。