10110201 私が知り合った中国人の女性から、最初に飲んでお話したときに「この映画を絶対に見て」と薦められた映画がありました。1988年のことでした。
 ちょうど、その当時この映画は神保町の岩波ホールで長期に渡って上映してしていました。早速見に行ったわけですが、私は上映の間中ただただ涙が止まりませんでした。
 
題名  芙蓉鎮
封切 1987年
監督 謝晋(シェ・チン)
配給会社 東宝東和
キャスト
 胡玉音(フー・ユィイン)    劉暁慶(リウ・シャオチン)
 秦書田(チン・シユーティエン) 姜文(チアン・ウェン)
 谷燕山(クー・イェンシャン)   鄭在石(チョン・ツァイシー)
 李国香(リー・クォシャン)   徐松子(シユー・ソンツー)
 王秋赦(ワン・チウシャー)   祝士彬(チユー・シーピン)
 黎満庚(リー・マンコン)     張光北(チャン・クアンペイ)
 黎桂桂(リー・クイクイ)     劉年利(リウ・リーニェン)

 中国の小さな町芙蓉鎮が舞台です。1963年春町に市のたつ日に、おいしいと評判の米豆腐を出す胡玉音とその夫の黎桂桂の店があります。二人の懸命の努力で店は繁盛しています。

 政治工作班の班長李国香は国営食堂を管理していますが、胡玉音が気に入りません。李国香は政治工作班長に昇格すると、貧富の差をなくすという名目の階級闘争をたてに、胡玉音が米配給主任の谷燕山から大量の米を仕入れて私腹を肥やしていると吹聴し、資本主義ブルジョワジーだと党大会で非難します。ちょうど文化大革命が始まる季節です。
 その後、革命運動は活発化し、胡玉音と黎桂桂は建てたばかりの新築の家と稼いだ1500元を没収されます。胡玉音はしばらく遠い親戚のところに身を隠しますが、帰ってきて知ったのは、李国香を殺そうとして消された夫黎桂桂の死でした。
 胡玉音は班長李国香より「新富農」という階級を与えられ、庶民から非難を受けます。彼女だけでなく、秦書田はもっと以前から反社会派の詩人で右派として非難されています。胡玉音の昔の恋人だった黎満庚も谷燕山も右派とか反動分子ということで、5悪分子と呼ばれ圧力をかけられていきます。
 このときの5悪分子への圧力のかけ方は、おそらく文化大革命の中でどこでも行われていたことなのでしょう。
 胡玉音と秦書田は毎日早朝石畳の道路の掃除をする仕事を命じられます。最初は胡玉音は「私は秦のような右派ではない」と嫌っていますが、次第に秦の優しさと明るさに心を開いていきます。やがてそれが二人の間で恋心となり、一緒に住むようになります。映画を見る側には、この胡玉音の気持の変化が、早朝の掃除する二人の姿を長く描いていくなかで自然に判ってくるように思います。

 1966年の春、李国香でさえ、紅衞兵につるし上げられ、町はルンペンの王秋赦が牛耳っています。胡玉音と秦書田の結婚は、反動分子ということで政府はなかなか認めません。でも、「反革命夫婦」ということで、結局は結婚を認められます。泣く胡玉音に、秦は「政府に公式に認められたんだから、いいじゃないか。」と言います。楽天家というか、力強い男なのです。
 ただ、文化大革命はますます、進行していきます。二人は公開裁判にかけられ、秦書田は10年の実刑、胡玉音は3年の実刑を言い渡されます。ただ胡は妊娠中ということで、執行猶予がつきます。その公開裁判のときが、なんといっても涙がそれこそ大量に私の頬をつたわりました。雨の中、壇上で、皆の糾弾を受ている胡玉音に、秦書田が語りかけます。

  ブタのように生きぬけ。牛馬になっても生きぬけ。

 秦書田が刑に服している中、胡玉音が一人で苦労している中、唯一谷燕山だけが助けてくれます。高齢出産で苦しんでいる胡玉音を、谷燕山は自らの危険もかえりみず、病院に連れていきます。胡の出産を待っている中、谷燕山はそこにいた人民解放軍の女兵士の帽子の徽章を見つめて行くなか、若き日に自分が参加した革命のときの戦いを思いだします。彼は戦いの中、敵の銃撃を受け、睾丸を傷つけてしまいます。文化大革命の中で、彼は胡玉音との肉体関係を李国香に問いただされ、怒りに燃えた彼が自分のズボンを脱ぎ出すところがあります。何故か映像の中ではそれが簡単に省略されているのですが、本来は大事なシーンなのだと思います。自分が身体を傷つけてまでして作った革命中国が、今一体、何をやってしまうのだという、老革命家谷燕山の怒りがよく判る気がします。

  この谷燕山の怒りに応えてくれたのが、胡玉音でした。彼女は生まれた男の子に、「谷軍」という名前をつけます。中国人には、男の子がその家を守っていく存在であり、家はいわば男から男へ伝わっていくものなのです。歴史書では、「誰々、誰を生む」という記述が延々続いていきますが、その生むのはすべて男なのです。女はただ腹を借りるだけのものなのです。だから、もう子を作ることのできない谷燕山には、この胡玉音の気持の優しさが身に染みたはずです。
 その谷燕山の回想シーンの中で、彼は詩を詠みます。

   岸辺に立ち はるか海を見れば
    波間に見え隠れする希望の帆柱
   それは四方に光を放ち
    昇ろうとする朝日のように
      母の体内を跳ねまわり 育ちゆく胎児のように
        もろ手をあげて 歓迎したいもの

 1979年文革が終了して3年がたっています。没収されていた胡玉音の家と金が返されます。彼女は叫びます。「夫を返して」。
 やがて秦書田も帰ってきます。町に平穏が戻ってきます。また胡玉音は米豆腐店を再開します。秦と親子3人の店は昔のように大繁盛しています。みな和やかな顔で米豆腐を嬉しそうに食べています。
 そこへ、気の狂った王秋赦がボロをまとい、破れたドラを叩いて歩いていきます。そして叫びます。

   また、政治運動が始まったぞ

胡玉音も、秦書田も、豆腐店に集まっている人々も、ぎょっとして、その声を聞いています。また、始まることもあるのかもしれないのです。

 私はやっと、こうして文化大革命の姿を中国は描くことができるできるようになったのだなと思いました。まさしく、最初のときの胡玉音の米豆腐店は、ちょうどトウ小平がとった経済活性策そのものだと思われます。胡玉音が作っていたのは、もう捨ててしまうような、くず米でした。それを利用して、皆が喜ぶようなものを作って芙蓉鎮の町を賑わしていたわけです。これはちょうどレーニンのネップ政策をも思い出します。だが、トウ小平は失脚し、胡玉音は弾圧を受けます。
 そしてようやく文化大革命は終息し、トウ小平が復活してきます。これで、もう中国は普通の国になれるのだろうと、皆思ったに違いありません。だが、王秋赦の最後の叫びが不気味だったように、天安門事件においては、その弾圧の頂点にこそいたのが、トウ小平でした。
「インターナショナル」を合唱する学生達の中へトウ小平は、戦車を突っ込ませました。最初この映画を教えてくれた女性は、それをテレビで見ていて、ずっと涙を流していたといいます。あの芙蓉鎮の町の胡玉音の店に集まる多くの人たちは、その光景をどう見ていたのでしょうか。現実の中では、まだまだ「芙蓉鎮」のようにハツピーエンドというわけにはいかないのだなと確信しています。

 それと、私は谷燕山が雪の中、酒を飲み叫び声をあげながら、歩くシーンは、なんだか黒沢明「無法松の一生」の三船を見ているような気になりました。たぶん、謝晋監督は、それを意識していたのではないのかな、なんて思ったものです。

  この映画を見ることを強く薦めてくれた女性は、だんだん聞いていくと、自分も文化大革命で、「下放」という目にあったことを話してくれました。しばらく農村で労働させられたのです。彼女の父親が映画監督なので、弾圧を受けたようなのです。ただ嫌な思い出なのか、あまり詳しくは話してくれません。このお父さんは今は教育映画のみ撮っているようです。2年くらい前にご夫婦で来日されたのですが、決して政治的な話題は話しません。やはり、いつも心の中で構えているのだと思います。いつまた政治運動が開始されるのか、判らないからなのでしょう。(1998.02.12)