10110801 笠智衆が亡くなったときに、経験したことです。
 ある日の夕方川口のクライアントからの帰り、ある谷中の飲み屋街に寄りました。当日は午後二時から飲んでいて(このクライアントではいつもそうなんです)、割合早く切り上げてきましたが、もう事務所に戻る気がなく、その飲み屋街に寄りました。でもまだ四時半頃でしたから、いつも馴染みの店はやっていません。のれんがかっている「田村」という店があって、そこへ入りました。でもなかなか誰も出てきません。やっとベレー帽の六〇代のマスターが出てきてくれました。初めてのお店でしたので、黙って静かに飲んでいました。
 しばらく黙って飲んでいましたら、

 マスター あの、ビデオって分かりますか。……『東京物語』が四千円で売っているんですが、簡単に見られるものなのですか?
 私 ああ、ビデオって操作は簡単ですよ。レンタルで借りることもできるし、それにしても四千円とは安いですね。

という会話が最初でした。それでそれから、ひとしきり小津安二郎「東京物語」の話になりました。二人で丁寧に話していきました。私もかなりいろいろな場面を思いだしながら話しました。東山千栄子のこと、もちろん原節子のこと、そして笠智衆のこと。マスターが忘れているシーンも私が補足したりしました。それでなんですが、どうしてか、その会話の中で私は小津安二郎の「東京物語」が分かった気がしてきたのです。

題名  東京物語
封切 1953年11月
監督 小津安二郎
配給会社 松竹
キャスト
 平山周吉  笠 智衆
   とみ  東山千栄子
 紀子    原 節子
 平山幸一  山村 聡
 金子志げ  杉村春子
 文子    三宅邦子
 京子    香川京子
 沼田三平  東野英治郎
 金子庫造  中村伸郎

 いったいこの映画は何がいいのでしょうか。老夫婦が尾道から東京に訪ねてきて、また尾道に戻り、そこで妻のとみがなくなる。お葬式に子どもたちがやってきて、最後に次男の未亡人紀子だけが、周吉のところへ残る。ふたりで海を見ているシーンが印象に残ります。画面はただ何事もないように淡々と進行します。両親の世話をまったくみない実の子どもたちも、血がつながっていないのに、尾道にしばらく残る紀子も、どちらがよくて、どちらがいけないというふうには描きません。なんら泣き叫ぶ場面があるわけではないし、なにか哀しいなとつぶやくところがあるわけではありません。しかし、こうして昭和二〇年代にいわゆる古い「家族制度」や古い「親と子」の関係が崩壊していったのでしょう。
 しかし、こうして淡々とすぎていく中にも、私たちは、そこに出てくる誰もがまたたいへんな日々をおくっているのだということを知っています。愛する夫を戦争で失った紀子には、義父と見る海はまた違った感慨を抱かせるはずです。だれもがそうした思いをもち、それを口にださないまま、毎日淡々と生きているわけです。
 最初老夫婦が東京に行くときに、隣家の主婦に羨ましいと声をかけられ、最後にまた周吉は声をかけられます。まったく同じ光景なのですが、もう周吉はひとりなのです。本当なら泣き叫んでもいいような悲しさなのですが、笠智衆は同じようににこやかに返事をします。
10110802 この淡々と進む中で、やはりひとつ涙を見せるのは、原節子です。こらえていた感情が崩れおちるように、静かに泣き崩れます。泣けない笠智衆を見ていると、原節子の涙には、もっともっと泣いてもいいのだ、笠智衆の分も泣いてくれと思ってしまいます。
 こんなことを「田村」で話ながら、私は「東京物語」が少しは前よりも分かったような気になったものです。
 その日は、歌も唄わず、めずらしく静かに飲んでしまったものでした。笠智衆の霊に合掌します。(1993.03.19)